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2026年8月6日

自分と向き合い可能性を開く!〈国際理解とキャリア形成〉スポニチコラボ授業に有森裕子氏が登壇し、対談形式でご講演いただきました。

6月23日、実践女子大学共通教育科目「国際理解とキャリア形成(担当:国文学科 深澤 晶久教授)」にて、スポーツニッポン新聞社とのコラボ授業の一環で、五輪メダリストであり現日本陸上競技連盟会長の有森裕子氏をお招きし、アスリートとしてのご経験やキャリアの中で得た価値観について、編集委員の藤山健二氏との対談形式でご講演いただきました。

授業と社会連携について

国際理解とキャリア形成は、2年生以上を対象に開講されている共通教育科目です。国際情勢の学習や、グローバル業務を経験した外部講師による講演を通じて、国際的な視野と幅広い知識を身に付けます。

 また、この授業では〈オリンピックとパラリンピック〉をテーマにスポーツ新聞の発行を行っているスポーツニッポン新聞社と連携を行っています。今回の授業では、バルセロナオリンピックで銀メダル、アトランタオリンピックで銅メダルを獲得した元マラソン選手である有森裕子氏をお招きし、長年オリンピックの取材に取り組んできた編集委員の藤山健二氏との特別対談が実施されました。

陸上との出会い

陸上を始めたきっかけは、「小学校の頃に信頼していた先生が陸上クラブの担当だったから」という理由だけだったと話す有森氏。また、「中学校の運動会で参加した800m走で3年連続優勝したことが、自分の自信につながった」と話しました。有森氏は、結果を左右するのは自分自身だけという陸上競技の特性が、自分に合っていると感じたそうです。

藤山氏が「自信が持てるものが欲しかったということでしょうか」と質問すると、有森氏は「自分に自信が持てる、自分を認めることができるような機会がなかったため、自信満々に自分を表現できる友人たちがうらやましかったんです。何でもいいから『私はこれ』と言えるものが欲しいと思っていました」と話しました。

あきらめない気持ちとやる気

陸上が自分の自信につながることを実感し、高校進学と同時に陸上部への入部届を提出したという有森氏。しかし、「進学した学校が陸上の名門であることを知らず、中学校時代に陸上競技での入賞経験がなかった私は門前払いされました」と話しました。

「顧問の先生から入部を却下されたにもかかわらず、どうしても入部したくて、行く先々で先生を待ち伏せすることを1か月くらい続けました」と続け、最終的に仮入部という形で陸上部へ。有森氏は「そのまま高校卒業まで部活動を続けましたが、大会での受賞歴はありませんでした」と話しました。それでも大学で競技を続ける決断をしたといいます。

藤山氏は「高校3年間頑張って結果が出なければ、やめる人も多いと思います。どうして大学でも陸上を続けようと思ったのでしょうか」と質問しました。

有森氏は、あきらめずに進む自分を応援してくれる存在がいたことが大きかったと話し、進路に迷った際、陸上部の先生から「あきらめずに続けたら相手が先にあきらめるかもしれない。それまであきらめなかったら、自分が前に行けるかもしれない。俺はお前をずっと応援するから、それまで頑張れるか」と言われたことを紹介しました。

続けて「先生の『かもしれない』という言葉を聞いて、『自分が何かできる可能性があるということだな』と思ったんです。自分が可能性をあきらめなければ、その道を応援してくれる人がいる。そう思ったときに『やめる』という選択は頭に浮かびませんでした」と話しました。

大学進学後はけがの休養からの復帰を経て、卒業後は実業団に所属。実業団入団の経緯も「通常、実業団への入団は勧誘か紹介で決まるのですが、私はそれを知らなかったんです。直接アプローチを行い、面談にこぎつけました」と話しました。

有森氏は入団できた背景について「当時の企業の状況と私のやる気がかみ合ったから」と振り返り、「会社は不祥事を立て直していくために“やる気”のある人材を求めていました。私は実績がないものの、走ることに対する“やる気”はしっかりと持っていました」と説明。「監督との面談で『これから先、どうしたいか』を伝えました。その“やる気”が伝わり、『今会社が求めている力を持っている』という点が評価されて入団することができたんです」と話しました。

オリンピックに関する有森氏のキーフレーズ

藤山氏はオリンピックに関する話題として、インタビューで有森氏が語った『自分で自分をほめたい』という言葉を紹介し、「この言葉は有森氏を代表する言葉として知られています。この言葉に込めた思いについて聞かせてください」と質問しました。

有森氏は「銅メダルを獲得したアトランタオリンピックで、競技後に行われたインタビューの最後に出た言葉でした。アナウンサーからの質問に対し『なんでもっと頑張れなかったんだろうと思うレースはしたくなかった』と話した後、ふと自分の中で今回のレースを振り返ったんです。その時、何一つそう思う瞬間はなかった。そう思ったときに『自分で自分をほめたいと思います』という言葉が自然と出ました」と、当時どのような思いでその言葉が生まれたのか語りました。

また、「アトランタオリンピックまでの道のりの中で、手術などさまざまなことがあり、周囲からは『有森は終わってしまったな』と言われることもありました。何とか自分を信じるしかない状況の中で、やっと戻ることができた4年後の舞台だったんです」と振り返りました。さらに、「誰も褒めてくれなくても、自分で『本当によくやった』と思えました。レースを振り返ったとき、あの言葉以外は出てこなかったんです。自分自身を最大限に見つめて出た言葉なので、周りの反応は関係ありません。たとえ歓声がブーイングに変わっていたとしても、同じ言葉を口にしていたと思います」と話しました。

有森氏の信条

藤山氏は「有森氏が現役時代の経験から導き出した、これからの人生にプラスになるような信条やモットーがあるということで、ご紹介します」と話しスライドに言葉を投影しました。有森氏は〈世の中にたった一人しかいない自分の生き方にこだわる〉について、次のように話しました。

有森氏は「たった一人しかいない自分であることに誇りや特別感を持つことは大切です。それと同時に、周囲の助けがあって自分が生きていけるとも感じますが、その助けを“頼ろう”と判断するのも自分だと思っています。しっかりとした自分自身を自覚していないと、何歳であろうが人にコントロールされるようになってしまいます」と話しました。また「私の場合、周囲と違うことがエネルギーになり楽しかったです。自分らしさをつくると面白いですよ」と学生へ伝えました。

藤山氏は有森氏の言葉を受け、「その根底にあるのは自己肯定感の高さだと感じます。誰しも自分自身の嫌なところを感じていると思いますが、自分を好きになるためにはどうしたらいいのでしょうか」と質問しました。

有森氏は「自分が決めたことを自分がやらないと、やりきれない自分が嫌になってくると思います」と回答。続けて、「私自身も自分の全部が好きなわけではありません。しかし、そういう部分を自覚して生きていくことと、無自覚に生きていくことには大きな違いがあると思っています。すぐに変えることはできなくても、自覚できていれば変わることができるタイミングや、変化のチャンスを逃すことが少なくなると思っています」と、自分の苦手な部分と向き合う考え方を共有しました。

さらに、学生へのアドバイスとして『嫉妬』という感情について説明。

有森氏は嫉妬を『嫌い』と別の感情であることに触れ、「他人に対して嫉妬するということは、『そうなりたい』という欲求が自分にあるということであり、伸びしろの部分です。人を貶めるために使わなければ自分にちゃんと関心を持っている証である、ものすごいエネルギーなんです」と解説しました。学生に「簡単なことではないけれど、自分が嫌だと感じている部分にもそういう視点があるんだと感じることで、自分を好きになれる瞬間が早く訪れると思います」と伝えました。

講演の最後に

藤山氏は、学生が取り組む〈オリンピックの開会式をプロデュースする〉という課題に関連し、「選手から見た理想の開会式とはどのようなものですか」と有森氏に質問しました。

有森氏は「実は現役時代、オリンピックの開会式には参加していません。マラソンはコンディションの調整が難しく、開会式に出る選手はあまりいないんですよ。ですが、開会式は単なるイベントではなく、選手と応援する人が一体感を感じられる場であってほしいなと思います」と回答しました。

さらに、スペシャルオリンピックス(知的障害のあるアスリートの競技大会)で行われたアスリートファーストの開会式や、世界陸上競技選手権大会で観客の視点に立ち、競技の見やすさを意識した大会運営を例に挙げながら、陸上競技大会の運営に対する考え方も変化していることを紹介。「競技に参加する選手が最高のパフォーマンスを出せることが大切」と話しました。

尽きることのない話題の中、予定の時間を迎え、対談は締めくくられました。

その後、学生からの質疑応答の時間が設けられ、「走っているときに心が折れそうなとき、どうしていましたか?」という質問に、「“苦しい”は頑張ろうとしているから出る感情です。ネガティブでは全くなく、苦しくなるくらい頑張っている証拠なのであきらめる理由にはならないです。逆に、“嫌になること”は自分の力になりません。嫌と感じていることは周りにも伝わりますし、進化を止めます。自分がどちらの感情であるかは見極めたほうがいいです。考えてみると案外嫌なことは少なかったりします」と回答。自分の感情を見失わずに進むことの大切さを伝えました。

講義の最後に有森氏は「けがの時、この言葉にずいぶん救われた」という『何で』と『せっかく』の話を学生に贈りました。

「何か想定外のことが起きたとき、『なんで』と考えることが多いですが、それを考えて良くなることはほとんどないです。『何で』を『せっかく』に変えるとポジティブになります。『せっかくなら』と、今しかできないことに目を向けることができ、嫌なことがあっても自分にとってプラスになることを考えることができるんです。『せっかく』をきっかけに自分をいい方向に持ち直し、その自分を通して周りも良くなる。たったこれだけのことですが、自分の心持ち1つ、使う言葉1つで、変えることができます。ぜひやってみてほしいなと思います」

担当教員のコメント

有森さんにご登壇いただくのは、今回が6回目となります。その間には、東京2020そしてパリ2024が開催され、早いもので再来年はロサンゼルス2028です。オリンピックパラリンピックを通して国際理解に繋げようとする試み、毎年スポニチ様にご支援いただいています。
有森さんの数々のエピソードからは、決してあきらめない心や、逆境の時にこそ「せっかくだから」という言葉を乗せることで、常に前向きに物事を考えること、そして挑戦する気持ちの大切さなど、数々のお言葉をいただきました。この場を借りて、有森さん、そしてスポニチの藤山様はじめ関係の皆様には、心から感謝申し上げます。

2026年8月6日

現役社員が語る仕事と子育て!〈国際理解とキャリア形成〉で資生堂グローバルブランドユニットの岡野静佳氏をお招きしご講演いただきました。

6月16日、実践女子大学共通教育科目「国際理解とキャリア形成(担当:国文学科 深澤 晶久教授)」にて、株式会社資生堂(以下資生堂)の岡野静佳氏をお招きし特別講演が行われました。学生は、岡野氏の商品開発に関するご経験やご自身の“学チカ”の話を通じ、就職活動や仕事について理解を深めました。また、岡野氏は現在、二児の育児とフルタイム勤務を両立させており、キャリアの選択肢を示す存在として、学生が将来を具体的にイメージするきっかけとなりました。

授業と社会連携について

国際理解とキャリア形成は、2年生以上を対象に開講されている共通教育科目です。国際情勢の学習や、グローバル業務を経験した外部講師による講演を通じて、国際的な視野と幅広い知識を身に付けます。

今回の授業では資生堂から岡野静佳氏をお招きし、キャリアや商品開発の仕事について、そして子育てと仕事の両立のリアルに触れるご講演をいただきました。岡野氏は現在、二児を育てながらフルタイムの勤務を両立させています。キャリアを語る岡野氏の講演に、学生は真剣に耳を傾けていました。

岡野氏のキャリア

初めに、岡野氏のキャリアについて説明がありました。資生堂への入社後、百貨店担当の営業として約3年間勤務。その後「社内のジョブチャレンジ制度に応募し、本社の国際事業部へ異動しました」と話しました。岡野氏は「営業として勤めていた時、上司との面談のたびに『国際的な仕事をしたい』と伝えてました」と、グローバルにかかわる業務に対して積極的だったと話しました。

そして異動後、配属されたのは未経験であったメーキャップ商品開発担当。岡野氏は「仕事の面で、先輩たちとの比較や理想の自分とのギャップに悩みました。しかし、先輩たちにも私のような新人の時代があったはずと考え、食らいついて仕事を続けました」と話しました。また、商品開発は企画から発売までに年単位の時間がかかることを説明し、岡野氏は「担当して3年ほど経った頃、ようやく仕事のやりかたが掴めるようになりました。つかめてからはとても楽しく、バリバリ働きました」と振り返りました。

その後、2020年に第一子の産休に入った岡野氏は続けて第二子も出産。約4年間の育児休暇を経て、一昨年スキンケアの商品開発担当として復帰したと話しました。育児休暇からの復帰後は、育児と仕事を両立する日々だといい、さらに岡野氏は「実は10か月間の研修を受け、今年1月から正式にマネージャーとして勤務しています。管理職として増えた仕事に翻弄されつつ、頑張って働いています」と話しました。

岡野氏のキャリアの原点

岡野氏は自身のキャリアの原点として、大学時代の留学中に経験したとある出来事を学生に話しました。

留学中、旅に出るため飛行機の出発を待つ空港の待合ロビー。周囲に空席が目立つ中、男性が真隣に座ってきたといいます。警戒心から「なんですか」と尋ねたものの返答はありませんでした。不審に思っていると、男性から手元の機械を用いて飛行機の行き先について質問され、初めてこの男性が視覚と聴覚の両方に障害のある人(盲ろう者)だとわかったといいます。岡野氏は「彼はアナウンスや掲示の情報を受け取ることができず、誰かに教えてもらわなければ状況に気づけない立場なんだ、と気づきました」と話しました。

そこから機械や手のひらに文字を書いてコミュニケーションを図り、「不慣れで拙くゆっくりとしたやり取りしかできず、大した会話はしていなかったと思います」と話しました。優先搭乗の案内がかかり、グランドスタッフの介助の元搭乗ゲートに向かう男性を見送った岡野氏。「男性がくるっとふりかえり、すごい笑顔で大きく手を振ったんです。向いている方向は全く違っていたのですが、きっと私に向けてしてくれたんだろうと思いました」と話しました。

当時の経験を振り返り「当時、体験したことがないほどの達成感を感じ『すごくいいことをしてあげられたんだろうな』という純粋な印象が今も根強く残っています」と話し、岡野氏のキャリアの軸でもある「心を重んじる究極のおもてなし」という価値観を持つきっかけとなったことを紹介しました。

さらに学生に「私はこの出来事を『学チカ(就活の自己PRの定番の質問である“学生時代に力を入れたこと”」のこと)』として就活面接で話しました。皆さんも『力を入れたこと』という言葉に引っ張られすぎず、自分の経験を自分の言葉に変えることを大切にしていただきたいと思います」と話しました。

商品開発の仕事

岡野氏は商品開発のプロセスを、メーキャップ担当時に開発に携わった〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉を例に説明しました。

岡野氏は「商品開発では、なぜその商品を作るかという戦略を明確にしたうえで、その目的を達成するために必要な要素とミッションを調査・分析によって導き出していきます」と説明。

〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉は、ブランドのメーキャップ商品の大幅リニューアルを前に新規顧客を獲得するための企画として立ち上がったといい、岡野氏は「新規顧客を『かわいい』でひきつけるものとして提案したものが〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉となります」と説明しました。

また、さまざまな調査の結果、新規顧客が見込める世代が若年層であったことや、ポーチの中身を調査した際に資生堂の商品が一つも入っていなかったことなどから「“若いお客様に『可愛い』『ポーチに1個入れたい』と思ってもらえる商品をつくること”をミッションとして設定した」と話しました。

その後、「ミッションを達成するにはどうしたらよいか、具体的な商品の企画が始まります」と話し、実際の提案資料をスクリーンに投影しながら、『20代女性』というターゲットや『商品の機能だけじゃなく、見た目の可愛さやストーリーも重要』というニーズなど、〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉開発時の詳細な設定を紹介。客観的な要素をそろえたうえで、それをどうしたら商品に落とし込むことができるか、コンセプトなどを決定すると説明しました。

〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉のコンセプト決定について、岡野氏は「商品コンセプトを考えていく段階で『手つむぎ』をキーワードにしました。日本の伝統工芸など、手作業で完成する商品に込められた職人さんの美意識を、エッセンスとして取り入れたかったんです。そこで贈り物や自分へのご褒美として購入される『和菓子』をコンセプトとして採用しました」と話しました。

また、「商品の販売スタートの時期が2月だったのですが、ブランドのメーキャップ商品リニューアルは秋。そこで、季節ごとに和菓子をモチーフにした色を約2カ月おきに展開するという戦略を考えました」と話し、「販売戦略に合わせ、商品の色を開発していきます」とプロセスを紹介。色の開発について「試作と修正のトライアンドエラーを重ね、研究所やメーキャップアーティストと連携しながら商品ごとに独自の色を作り出します」と話しました。

岡野氏は「〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉はSNSなどでも大変好評で、2019年、2020年と続きました。また、老舗和菓子屋とのコラボレーションも実現しました」と語りました。さらに、〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉の商品開発には2年かかったと話しながら「スキンケアの商品開発には最低3年はかかります。今も2032年に発売する商品について、考え始めています」と商品開発のサイクルについて説明しました。

制度が支える働き方

商品開発という責任ある仕事をこなしながらも、岡野氏は二人の子どもを育てる母親でもあります。仕事と育児の両立について、岡野氏は資生堂を「とても働きやすい環境です」と話し、その両立を支える要素として〈スーパーフレックス制度〉を紹介しました。スーパーフレックス制度は1か月の所定労働時間を満たしていれば、出勤・退勤時刻を比較的自由に調整できる勤務制度です。岡野氏は「中抜けや休みなど、プライベートの時間をあまり損なわずに自分が動きたいように動くことが許されている」と話しました。

制度を活用した働き方、そして仕事と家庭の両立を行っている具体的な例として、岡野氏の一日のタイムスケジュールがスライドに投影されました。朝食の準備や幼稚園への送り出しを終えた後、9時台から出社して勤務を続け、午後4時台には退勤。就寝も子どもに合わせて早い時間帯にとり、起床は午前の3時。岡野氏の具体的なライフスタイルに触れ、学生も驚きの表情。岡野氏は「業務時間を前倒しすることで、夕方以降に行うはずの仕事を早朝の時間帯で行い、育児と仕事を両立しています」と話しました。

講演の最後に

学生からの質疑応答の時間が設けられました。

学生から「来年から新卒として企業で働きます。理想の自分とのギャップを実感し落ち込んだ状況で、自分がこれを大切にしていたからこそ乗り越えられたと感じることを教えてください」という質問に対し、岡野氏は「『大きな夢』と 『小さな目標』の両方を持つことです」と話しました。

続けて「『いつか国際関係の業務をしたい』という大きな夢をずっと持っていましたが、それだけでは心が折れる時もあったため、『今日は○○さんに話しかける』など小さな目標を設定していました。誰にでも新人時代はあるものです。上司や先輩たちも新人のことをきちんと見たいけど、忙しいとどうしても無理な時もあります。先輩たちに話しかけに行くコミュニケーションを積極的に取ることや、自分から仕事を取りに行くことも大切だと思います」とアドバイスをしました。

また、「〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉の商品開発における色づくりについて詳しく教えてください」という質問には「こちらが『この色がいい』と作ったサンプルを研究所に送り、実際にメーキャップ製品として使用できる成分で色を試作してもらいます。研究所から送られてきた試作に対して、さらに色味の修正をかけまた戻ってきてを納得がいくまで繰り返します」と回答。また、「どういう色味にするか、資生堂に所属するメイクアップアーティストと相談しながら色を決めていきます」と話し、岡野氏は「日々の生活の中で『美しい』と感じた瞬間の印象を大切にしながら色を作り上げています。飲んでいたお茶の色や、パンに塗ったジャムの色などから着想を得ることもありました」と説明しました。

担当教員のコメント

今年も、岡野様にご登壇いただきました。初めてお会いしたのは2006年、私が企業の採用を担当していた時でしたから、それからもう20年になります。管理職にもなられ、今や資生堂の中心的な存在して活躍されている姿を、本当に頼もしく、そして嬉しく拝見しました。
仕事にも、育児にも、全力で取り組むお姿が、学生の心に強く響いたようです。
そして、毎年お聞かせいただく究極のおもてなしのエピソードは、学生の心に深く刻まれたことと思います。岡野さんの益々のご活躍を心からお祈り申し上げます。本当にありがとうございました。

2026年8月6日

キャリアを積み重ねて輝こう!「キャリア・ショーケース」の授業で日本マナー・プロトコール協会理事長による特別講演が行われました。 

7月9日に共通教育科目「キャリア・ショーケース」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、日本マナー・プロトコール協会の明石伸子理事長をお迎えしての特別講演が行われました。明石氏は人間関係を大事にすることで、「キャリアも人生も自ら切り拓く」ことができると明るくお話くださいました。

山あり谷ありの人生で築いたキャリア

司会進行は、「キューブ」と呼ばれる学生グループが担当。

学生から紹介を受けて登壇した明石氏は、「若いうちからキャリアについて考えることはとても大切です」と、自身の経験を交えながら講演を始めました。
「私が学生だった頃は、大学でキャリア教育を受ける機会もなく、私自身も将来について深く考えていませんでした」と振り返ります。大学卒業時は第二次オイルショックによる不況の影響で就職活動は厳しく、ちょうど客室乗務員を積極採用していたJALに運よく就職できました。

その後、結婚を機に退職し、出産後に離婚を経験。
「当時は離婚が大きな挫折で、将来への不安や劣等感を抱えていました」と語ります。
転機となったのは、ベンチャー企業で秘書として働いたことでした。さまざまな企業の立ち上げに携わる中で、「会社は自分たちでもつくれる」という考えを持つようになり、その経験を生かして日本マナー・プロトコール協会の設立にも挑戦。
「自分でキャリアを計画してきたわけではありませんが、振り返ると一つひとつの経験を積み重ねて今につながっています」と話しました。

どんな会社が良い会社?

現在は人材不足を背景に、就職活動は学生優位の「売り手市場」と言われています。
しかし明石氏は、「皆さんもコロナ禍を経験したように、社会はいつ大きく変化するか分かりません」と話します。社会情勢はキャリアに大きく影響するため「社会の動きに関心を持ち、自分と結び付けて考えてほしい」と呼びかけました。

続いて、事前課題として調べてきた企業について確認。
「皆さんが知っている企業は、なぜ知っているのでしょうか」と問いかけます。学生が挙げた企業の多くは、消費者向けの商品やサービスを提供する「BtoC」企業でした。
一方で、企業間取引を行う「BtoB」企業や、消費者同士をつなぐ「CtoC」企業など、世の中にはさまざまな企業があることを紹介しました。

「日本には約370万社の企業があります。知名度が高いことだけが良い会社の条件ではありません」と明石氏。
また、女性活躍を支援する企業の認定制度「えるぼし」や「くるみん」を確認することも、企業選びの参考になると説明しました。
「新卒で入社できる会社は一社だけです。幅広く企業を知り、自分に合った会社を見つけてください」と語り掛けました。

未来が決まっていないことは選択肢がたくさんあるということ

明石氏が「就職活動に不安を感じている人はいますか」と尋ねると、多くの学生が手を挙げました。「先が見えないと不安になりますよね」と共感しながらも、「将来が決まっていないということは、それだけ選択肢があるということです」と前向きな考え方を紹介。
「何もしなければ不安は変わりません。まずは行動して情報を集め、自分に合う会社を見つけていきましょう」と学生たちを励ましました。

また「キャリアが大切と言われますが、専業主婦も立派な生き方です」と話し、自分に合った働き方や生き方を選ぶことの大切さを強調。
「自分がどんなタイプで、どんな人生を送りたいのかを知ることで、迷いも少なくなります」と語りました。
「今は企業も仕事も多様化し、一つの仕事を一生続ける時代ではなくなりました」と説明。
一方で「転職しやすい時代だからこそ、すぐに辞めるのではなく、まずは続けてみることも大切です」と助言しました。「無理をする必要はありませんが、厳しい環境で取り組んだ経験は、必ず自分の成長につながります」。

自分の頼りになるひとは?

最後に明石氏は、「人間関係を大切にすることも、キャリアを築くうえで欠かせません」と話し、自分の周りに「メンター」「モデラー」「サポーター」を持つことを勧めました。メンターは助言や励ましをくれる人、モデラーは目標となるロールモデル、サポーターはどんな時も支えてくれる存在です。
「困ったときに相談したり頼れたりする人がいることで、前向きに進んでいけます」と語りました。
また、人に好かれる要素として「明るさ」「元気」「素直さ」の大切さも伝えました。

さらに、「これからの人生で最も長い時間を過ごす場所は、職場です。だからこそ、自分に合った職場で充実して働くことが、豊かな人生につながります」と話します。
そして、「皆さんはまだ磨かれていない原石です。どう磨き、自分らしく輝くかが大切です。
ぜひ、自分らしい未来を切り開いてください」と学生たちにエールを送り、講演を締めくくりました。

信頼を築き人間関係を深めていこう

授業の最後には質疑応答が行われました。
「メンターやモデラー、サポーターはどう見つければよいですか」という質問に、明石氏は「一緒にいて楽しい、すごいと思うだけでなく、その人が自分にどんな影響を与えてくれる存在なのかを意識してみると、自然に見つかります」とアドバイスしました。

また、アルバイトで後輩指導に悩む学生から「好感度を下げずに指導するには」と質問されると「伝えるべきことはきちんと伝えることが大切です。
好感度とはいつも笑顔でいることではなく、相手を思って伝えること。信頼関係があれば、多少厳しい指摘でも相手はきちんと受け止めてくれるはずです」と答えました。

このほかにも多くの質問が寄せられ、学生たちにとって、自分らしいキャリアの築き方や人との関わり方について学ぶ貴重な機会となりました。

担当教員からのメッセージ

今年の最後のゲストとして、日本マナー・プロトコル協会理事長の明石伸子様にお越しいただきました。
「よい人間関係を築けるような人になってください。それはきっと人生の大きな“財産”になるはずです。」
「あなたが、魅力的で人から好かれる存在であって欲しいと、心より願っています。」
このメッセージは、私がこの授業を通じ、学生に伝えたかった本質でもありました。
そのような大切なことを教えて下さった明石様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

2026年8月6日

自分をほめてポジティブ思考で人生を切り開く!「キャリア・ショーケース」の授業で元資生堂役員の関根近子氏による特別講義が行われました。 

6月25日に、共通教育科目「キャリア・ショーケース」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業に株式会社資生堂(以下、資生堂)の元執行役員常務として活躍された株式会社Bマインド代表・関根近子氏をお迎えしての特別講演が行われました。前向きに人生を過ごすエッセンスを、学生たちに向け明るくお話下さいました。

人を大切にする会社との出会い

登壇された関根氏は、「毎年この講演を楽しみにしています。学生の皆さんからいつもパワーをもらっています」と笑顔であいさつ。
「今回は、私自身が実践してきたことで、仕事も人生も充実させることができたと感じるエッセンスをお伝えします」と話し、講演をスタートしました。

テーマは「仕事もプライベートも輝いて生きる」。
関根氏は「どちらか一方だけではなく、どちらも充実していることが大切です。嫌なことや大変なこともありますが、それも前向きに楽しめるヒントをお伝えしたいと思います」と学生たちに語りかけました。

高校卒業後は資生堂に美容部員として入社。
「資生堂に入って一番良かったのは、人を大切にする会社だったことです」と振り返ります。
会社が掲げる「Human Centric」の考え方のもと、お客様だけでなく従業員の幸せも大切にする企業文化を実感したといいます。
そして、「就職活動では仕事内容だけでなく、企業理念や『人を大切にする会社かどうか』にも目を向けてほしい」と、学生たちへアドバイスしました。

自身の技術で他人を喜ばせるやりがい

関根氏は高校で教師を目指していましたが、家族の事故をきっかけに家計を支えるため資生堂へ入社しました。美容部員として3年間働いた後、百貨店の特設ブースで接客販売を行うプロモーションチームへ異動。
しかし、「お客様に歓迎されない仕事で、誇りを持てなくなった」と振り返ります。ノルマに追われるなかで、仲間の成功を喜べない自分にも嫌気が差していたといいます。

そんなとき、上司から「商品を売るのではなく、3分間でメイク技術を提供しなさい」と助言を受けました。
一人ひとりに合った提案を続けた結果、数か月後、お客様から「いいものを教えてくれてありがとう」と感謝の言葉をもらいます。
「本当にうれしくて日記に書きました」と関根氏。自分の力で誰かに喜んでもらえることが、仕事のやりがいだと気付いた瞬間でした。

その後は、より良い接客を目指して技術を磨くだけでなく、礼儀作法やペン字、話し方も自ら学ぶように。
「上司に言われたからではなく、自分で必要だと思って学びました」と関根氏。
リスキリングが注目される今だからこそ「自分から学び、強みを育てることが大切です」と語り、目標を定めて今出来ることを分析し、出来ないことをどう伸ばすかを考える大事さを学生たちに伝えました。

自分を変えた思考との出会い

その後、関根氏は美容部員から営業職へ異動します。
美容部員の仕事にやりがいを感じていただけに、不本意でした。
さらに上司との関係がうまくいかず、家庭でも義母との関係に悩み、大きなストレスを抱えていたといいます。

転機となったのは、プラス思考について学ぶ講義との出会いでした。
当初は「今さら考え方なんて変わらない」と半信半疑でしたが、話に引き込まれ、夢中でノートを取りながら「自分も変わりたい」と強く感じたそうです。
講義で最初に伝えられた言葉は、「今日は残りの人生で一番若い日」。その言葉に「今日から変わろうと思えば、ここから人生を変えられる」と気付いたと振り返ります。
それをきっかけに営業への向き合い方や家庭での考え方も変化。
「ポジティブ思考とは、嫌なことから目を背けることではなく、困難な状況でも解決策を探そうとする姿勢です」と学生たちに伝えました。

講演の最後には、「皆さんは自分のことが好きですか」と問いかけました。
「人生で一番長く付き合う相手は自分です。嫌いだとつらいですよね。自分で自分をほめましょう。強みを育てることが自信につながり、自分を好きになる第一歩です」と温かいエールを送りました。

自分を信じて行動する大切さ

授業の最後には質疑応答が行われました。
接客のアルバイトをしている学生からは、「気持ちが落ち込んでいるときに良い接客ができません」という相談が。
関根氏は「気持ちを無理に切り替えようとするのではなく、自分はプロだと意識すること。プライベートを持ち込まず、笑顔で相手に安心してもらうことを大切にしましょう」とアドバイスしました。

また、「自分では良いと思っていても、周囲の評価が違うときはどうすればいいですか」という質問には、「まずは他人からはそう見られているのだと認識すること」と回答。
その上で「最終的には自分を信じることも必要です。周囲の意見を受け止めつつ、自分が正しいと信じたことは自信を持って行動してください」と学生たちにエールを送りました。

このほかにも多くの質問が寄せられ、活発な意見交換が行われました。
学生たちにとって、自分らしく前向きに人生を切り開くためのヒントを得られる有意義な講演となりました。

担当教員からのメッセージ

今年も引き続き関根をお迎えいたしました。
毎年お会いするたびに、生き生きさが増していく関根さん、ご自身のお姿から、
すでにポジティブさを感じますが、今年のお話しも、ポジティブ思考に繋がるものばかりでした。
そして、「主体的に生きること、自分の人生は自分がつくる。自分の人生のプロデューサーは自分である。」
というお言葉をいただき、学生にとっても、素晴らしいロールモデルとして、心に刻まれることと思います。
関根様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

2026年7月3日

自分の「北極星」を見つけよう!「キャリア・ショーケース」の授業で住友生命の山本浩実氏による特別講義が行われました。

5月28日の、共通教育科目「キャリア・ショーケース」 (担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、住友生命保険相互会社(以下、住友生命)の山本浩実氏による特別講演が行われました。変化の激しい時代でどう自分のキャリアを積み重ねるか、自分の軸を見つけることの重要さを明るく話してくださいました。

ウェルビーイングを目指す保険会社

「『なりたい私』を見つける一歩」をテーマに行われた今回の講演。
山本氏は「失敗談もたくさんあって少し恥ずかしいのですが、堅い話ばかりでは面白くありません。皆さんが将来の選択を考える際の参考になればうれしいです」と笑顔で語り、講演をスタートしました。

住友生命は1907年創業の老舗保険会社で、生命保険や損害保険を扱っています。
山本氏は「保険は万が一に備えるものというイメージが強いですが、今はお客さまのウェルビーイングの実現を目指しています」と説明。「健康で元気に歳を重ねたいという願いは、誰しも思うことですよね」と話しました。
「Vitality」を軸に、健康寿命を延ばすことを通じて社会に貢献する「なくてはならない保険会社」を目指していると語りました。

また、女性社員の割合は約9割と高く、女性が活躍しやすい環境づくりにも注力。
雑誌で「女性が活躍する会社」上位に選ばれたほか、ワークライフバランス部門でも高い評価を受けています。男性の育児休業取得率も100%を達成しており、誰もが働きやすい職場づくりを進めています。

生命保険の営業の魅力を伝えたい

山本氏は2001年、ブライダル業界から住友生命へ転職しました。
そのきっかけは、ご主人のキャリアチェンジ。
プロスポーツ選手として活動していたご主人は、引退後に理学療法士を目指して大学へ進学することを決意されました。応援したい気持ちはありつつ、幼い子どもを2人育てていた当時は家計への不安を感じたといいます。

「そこで、まずは保険について勉強しようと思いました」と振り返ります。
しかし、自分で調べても十分に理解できなかったそう。
そんな時に住友生命との縁があり、入社を決意しました。入社後に保険を本格的に学ぶなかで、「自分の人生を守るためには、自分で考え、選ぶ力が必要だ」という思いが強くなったといいます。
一方で、保険営業にはノルマが厳しいといったネガティブなイメージも。
山本氏は「私たちの仕事は商品を売るだけではなく、人生に潜むさまざまなリスクを伝え、お客さまが安心して暮らせるよう支えること。その価値や魅力をもっと多くの人に知ってほしい」と語りました。

「そこで、まずは保険について勉強しようと思いました」と振り返ります。
しかし、自分で調べても十分に理解できなかったそう。
そんな時に住友生命との縁があり、入社を決意しました。入社後に保険を本格的に学ぶなかで、「生命保険は人生にとってとても大切なものだ」という
思いが強くなったといいます。

リーダーとしての奮闘とキャリアチェンジ

入社後しばらくして、山本氏は愛知中央支社傘下の所長に就任しました。
管理職として部下の育成に取り組みますが、当初は苦労の連続だったと振り返ります。「部下が穴ぼこの中にいる状態」に例え、なんとか引き上げようと上から強く働きかけていました。
しかし、そのやり方では思いが伝わらず、なかには退職してしまう人も。
メンバーと真剣に向き合うなかで、「まずは自分も穴ぼこの中に入り同じ景色を見ながら、下から支えることがマネージャーの役割だ」と気づきます。
「自分の考えを押し付けるのではなく、本人が前に進みたいと思う気持ちを応援することが大切だった」と語りました。

そんな山本氏に大きな転機が訪れます。
営業職の拠点長として、メンバーの育成に尽力していたある日、全国転勤型の総合職への職種変更を打診されたのです。予想もしていなかった話に戸惑い、不安の方が大きかったといいます。
しかし、尊敬する女性の先輩から「女性がその道に進める機会は多くない。あなたに声がかかったのだから挑戦してみたら」と背中を押されました。
さらに父親からも挑戦する大切さを教えられ、新たな一歩を踏み出す決意を固めたことを話されました。

「強みのかけ算」で自分らしい軸を見つけよう

「今は、過去の常識が通用しない予測困難な時代です」と山本氏。
変化のスピードが速いからこそ、過去の成功に頼るのではなく、学び続けながら自分自身を更新していく力が求められると語りました。
では、変化の時代に迷わず進むためには何が必要なのでしょうか。
山本氏は「ブレない軸を持つことが大切です」と話します。「目指すべき北極星を見つけ、その時々の目標を積み重ねながら成長していくことが重要です」と学生たちに伝えました。

その軸を考えるヒントとして紹介されたのが、「WILL(やりたいこと)」「CAN(できること)」「MUST(求められること)」の3つ。
ついやりたいことばかりに目を向けがちですが、自分の強みや周囲から期待される役割もあわせて考えることが大切だと説明しました。
また、「唯一無二の強みを持つ人は多くありません」とした上で、「強みの掛け算」という考え方を紹介。特別な才能がなくても、複数の得意なことを組み合わせれば、自分らしい強みになると語りました。

「就職はゴールではなくスタートです。
自分が何を大切にし、何に喜びを感じるのかを考えながら、自分らしい軸を見つけてほしい」とエールを送り、講演を締めくくりました。

信頼を積み重ね人との関係を築く

学生同士で意見交換の時間が取られた後、山本氏への質疑応答が行われました。
「マネージャー時代に意識していたことは何ですか」という質問に対し、山本氏は「メンバーに何のために働いているのかを聞くようにしていました」と回答。
「何を大切にしているのか、本音の部分を知ることを意識しました。そのためには、こちらも自己開示をしながらコミュニケーションを重ね、信頼関係を築くことが大切でした」と語りました。

また、「誰かの役に立ちたいと思っていても、自分のことで精一杯なときはどうしたら?」という質問には、「余裕がないときもありますよね」と学生に寄り添いながら回答。
「まずは自分のやりたいことにしっかり取り組むこと。そしてアルバイトやボランティアなどを通じて、多様な人と関わる経験を大切にしてほしいと思います」と話しました。

このほかにも学生たちは活発に発言。
自分らしい軸を持ちながらも、変化を恐れず挑戦し続けることの大切さを学ぶ貴重な機会となりました。

担当教員からのメッセージ

山本様は、本年度、初めてご登壇いただきました。
住友生命様には、昨年度からJWP(実践ウェルビーイングプロジェクト)の活動をはじめ、様々な場面でご支援をいただいています。
特にFR(Future Generations Relations)活動、すなわち次世代との関係性を大切に事業を推進されています。
山本様のご経験から、リーダーシップのあり方や、キャリアの築き方など多岐にわたる貴重なお話しをいただき、とても貴重な時間となりました。
山本様に、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

2026年5月20日

自身が生かされている意味とは?「キャリア・ショーケース」の授業で元スターバックスCEOによる「ミッション」についての講義が行われました。

4月23日に「キャリア・ショーケース」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で元スターバックスコーヒージャパンCEOであり、株式会社リーダーシップコンサルティング代表の岩田松雄氏の特別講演が行われました。自らの半生を通し、「ミッション」を自覚することの大切さを学生たちに伝えてくださいました。

自分はなぜ「生かされている」?

この授業では学生が進行を担当します。CUBEと呼ばれる各班に分かれ自ら考え行動する力を養います。
まず語られたのは「生きていることの不思議」。宇宙の誕生や地球の形成、そこから生命が生まれ人間へと進化してきた流れは、すべて偶然の積み重ねです。その視点から岩田氏は「生きているというより、(何か大きな力に)生かされていると感じる」と話します。

では、なぜ自分は生かされているのか。岩田氏は「人それぞれにミッションがあるから」と説明します。
ミッションとは「存在理由」のこと。ミッションには、自分自身の役割を考える「個人のミッション」と、会社が存在する意味を考える「企業のミッション」があります。授業ではこの2つを軸に、自分の生き方や将来について考えていきます。

AI時代に必要な学びの本質とは

AIの進化によって、多くのことが簡単に答えを得られる時代になりました。では、なぜ大学で学ぶ必要があるのでしょうか。

岩田氏はその理由を「視座を高める、視野を広げる、視点を鍛えるため」と説明します。自分とは異なる立場で物事を考え、興味のある分野だけでなく幅広く知識を得ること。「それによってイノベーション(変革)が起こりやすくなる」と話しました。そして得た情報をどう受け止めるかを考える力(視点)こそが重要だといいます。「卒業のためではなく、自分の土台をつくるために学び続けることが大切」と学生に伝えました。

また、変化の激しい時代だからこそ「不易流行」という考え方が必要だと強調します。
岩田氏は「これは、変わらない本質(哲学)を大切にしながら、新しいもの(科学技術)も柔軟に取り入れるという考え方です。科学技術は加速度的に進歩しているが、人間の本質は何千年も変わっていないということ。今日お話しするミッションの大切さはいつの時代も変わらない。
AIが答えを出してくれる時代だからこそ、人間に求められるのは「問う力」です。」と話し、常識を疑い、問題意識を持ち、自分で問いを立てるためにも、学び続ける姿勢が大切だと語られました。

AIが答えを出してくれる時代だからこそ、人間に求められるのは「問う力」です。問題意識を持ち、自分で問いを立てるためにも、学び続ける姿勢が大切だと語られました。

自分のミッションを見つけよう

岩田氏は、自身がミッションに気づいた経験を語りました。

「新卒で日産自動車株式会社に入社し、新入社員あいさつで『社長を目指す』と宣言し、先輩方から失笑をかった。
しかし当時は社長の仕事は何も分からなかったが、高い目標が必要だと考えたからだといいます。ふと自社の企業理念を先輩達に尋ねても答えは得られませんでした。若い時から経営理念や社長に関心を持っていました。」

「経営に興味を持ったきっかけは、二つのハンバーガー店での気づき。
同じ業種でも、楽しそうに働く店とそうでない店があることに疑問を持ち、経営に興味を持つようになります。そこでビジネススクールに進み、経営を学びました。経営学の授業では『会社=利益を追うもの(株主価値の最大化)』と教えられましたが、腑に落ちませんでした。」

「その後、株式会社アトラスの社長に就任。
最初は社長就任挨拶で『株主価値の最大化が大切』と言っても社員には通じませんでした。その後ザ・ボディショップの社長をしている時に『企業は世の中を良くするためにある』と言う考えに至りました。ザ・ボディショップは、化粧品会社ですが、環境問題や人権問題に取り組む創業者のアニータ・ロディックの考えに共感しました。」

岩田氏は「企業は利益のためだけにあるのではない。世の中をよくするというミッションを実現する手段として利益が必要」と強調します。
社会をより良くするために企業が存在するという考えに至ったプロセスは、これから進路を考える学生にとって大きなヒントとなる内容でした。

ミッションをもつことで働き方は変わる

なぜ企業にもミッションが必要なのでしょうか。
岩田氏は「共通のゴールを持てるから」と説明します。会社にはさまざまな価値観を持つ人が集まるため、同じ方向を目指すための軸が欠かせません。
また、ミッションに共感した人が集まることで、組織としての一体感も生まれます。実際に岩田氏自身もスターバックスの理念に共鳴し、長い採用プロセスを経てスターバックスの社長に就任しました。

では個人のミッションはどう見つけるのか。
ヒントは「情熱を持てること」「世界一になれること」「経済的原動力になること」の重なりを探すこと。
つまり「好きで、得意で、人のためになること」です。「人にためになる」からその対価としてお金をいただけます。
岩田氏は「ミッションはすぐに見つかるものではなく、また成長とともに進化させてもいい」と語ります。大切なのは、自分がなぜ生かされているのかを考え続けること。
「働くとは、傍(はた)を楽にすること。自分の仕事が社会にどう役立つかを意識してほしいと思います」と講演を締めくくられました。

ミッションをどう見つけ、どう向き合う?

講演後は各グループで学びを共有し、質疑応答が行われました。


サークルでリーダーを務める学生からは「友人の関係性を越えて、組織の挑戦意欲を高めるにはどうすればよいか」と質問があり、岩田氏は「リーダーとは役割。自分のためではなく、チームのために何ができるかを考える“無私の心”が大切。だから時には厳しいことも言うべき」と答えました。
また、「好きで得意なことが人のためになっているか自信がない」という声には、「人に感謝されたり褒められたりすることは、すでに誰かの役に立っている証拠。まずは好きなもの得意なものをつきつめていきましょう」とアドバイス。

さらに就職の失敗への不安については「もし落ちても、相手の見る目がないなと思って、ご縁があるところで頑張ればいい」と笑いも交えつつ回答。
「就活面接で御社のミッションやビジョンに共鳴して~というのはだいたいの学生が言います。ただそれは相手起点で話している。自分起点で、自分はこういうミッションを持っていてこういう事をしたい、御社だったらそれが出来ると思った」と伝えれば良い。
学生にとって、自分の軸はなにかを考える大切さに気づく機会となりました。

担当教員からのメッセージ

岩田様には、本学客員教授として、この科目のみならず本学の多くの科目でご講演、ご指導をいただいています。
「ミッション」については、多くの学生の中に浸透しており、キャリア形成を考える上での軸となっており、学内の様々な活動は勿論、就活の際の「自分の強み」を考える上でも貴重な示唆をいただいています。
さらに社会人となってからも、生き方の支えにもなっています。
企業が社会で活動する意味、個人が社会で生きていく意味、まさにキャリアの本質に
迫る内容は、学生の大きな気づき、そして学びに繋がっていることを感じます。
改めて、この場を借りて、岩田様に心からお祈り申し上げたいと思います。

2026年1月26日

自分のやりたいことへ再挑戦!「女性社会論b」の授業でOGによる特別講演が行われました。 

「女性社会論b」(担当:生活科学部現代生活学科 須賀 由紀子教授)の授業で、12月17日に本学の卒業生による講演が行われました。就職活動での苦労や女性が目的を持って働くことについて、先輩のリアルな声を直接聞ける貴重な機会となりました。学生たちも積極的に質問をしており、自身の将来や就活への理解を深めている様子でした。

卒業生のリアルな体験談

この授業では、これからの社会と女性の働き方について多角的に学びます。多様性が当たり前となる時代にどう暮らしていくか、女性の生活者意識を職場でどう活かすかが問われています。
その中で、直線的ではなく柔軟に人生を選んでいく「ライフシフト」の考え方が注目を集めています。

今回は卒業生の視点から、女性が働くことのリアルな体験談を伺います。
2024年卒の小林さんは須賀ゼミ出身。株式会社良品計画に就職し、埼玉県の店舗で勤務して2年目です。
まずは小林さんから自己紹介がありました。
在学中はJ-STAFFに所属し、オープンキャンパスなどのイベント運営に力を入れていたと話しました。

就活はメディア業界に絞り、4年生の6月に制作会社から内定を得て一度は就活を終了しました。
しかし、なんと10月に内定を辞退。
再び就活を開始し、12月に良品計画から内定を得たと語りました。

悩みぬいた末に再度就活を決意

ここからは須賀先生がインタビュアーとなり、小林さんの経歴を深掘りしていきます。
「メディア業界に行きたいと思ったのはテレビが好きだったから。特に朝の情報番組が好きで興味がありました」と話します。
しかし、一度就活を終えた夏に1か月間アメリカへ語学研修に行ったことが、考えを大きく変えたと言います。

もともと海外に関心はあったものの、コロナ禍でなかなか留学の機会に恵まれなかった小林さん。念願の海外留学は「とにかく楽しかった」と振り返り、「やはり海外で働く仕事がしたい」と決意。
悩んだ末に内定を辞退し、再び就活に挑戦しました。
内定辞退については「相手企業にも驚かれ心配されたので、あまりおすすめはしません」と笑いを交えてコメント。それでも辞退を選んだ理由として「新卒で入社する会社は大切にしたいという思いがあった」と話します。
また、メディア業界は多忙で生活リズムが不規則になりやすいと聞き、自分には合わないと感じたことも一因だったそうです。
「皆さんはしっかり自己分析をして、企業を見るときは働き方まで確認してほしい」と、経験を踏まえて学生にアドバイスしました。

夢は海外で働くこと

再び就活を始めたときの心境について「やるしかないと思って頑張りました」と語ります。
先のことを不安に思う余裕もないほど真剣に取り組んだそうです。そうして出会ったのが良品計画でした。

入社を決めた理由は、海外展開が多いこと。海外拠点も多く「海外で働けるチャンスがあると思った」と話します。
また、無印良品は知名度が高く、人の生活に役立っている実感があることも魅力だったと言います。
現在はレジ業務をはじめ、売り場づくりやアルバイトのシフト作成、勤怠管理など幅広い業務を担当しています。

将来の目標は、やはり海外で働くこと。
そのために大型店での店長経験が推奨されているため、まずはそれを目標に頑張っていると話します。
「良品計画に入って後悔はありません。充実しています」と語り、再度就活に挑戦した選択を前向きに振り返っていました。

考えすぎず、まずは一歩踏み出して

ここで学生たちからも質問を募集。
掲示板形式で集めた質問に、小林さんが回答されました。
「学生時代にやってよかったことは?」という問いには、「語学です。特に第二外国語などは触れる機会が限られ、社会に出てから学ぼうとするとハードルが高い。学生のうちに学べるのは大きいと思います」と答えました。

「就活では行動と熟考のどちらを優先すべきか」という質問には、「通年採用の企業も多く、あとからでもチャンスはあります。良品計画も通年採用でした。早く決めなきゃと焦る必要はないと思います。ただ、行動しないと始まらない。考えすぎて動けないより、まずは説明会に行くなど一歩踏み出すことが大切です」と自身の経験を交えて語りました。

ほかにも就活や現在の働き方について多くの質問が寄せられました。
小林さんは「みなさん就活に不安を感じているのだと思いました。でも私は就活が楽しかった。自分の話ってしっかり聞いてもらえることはなかなかない。でも面接で自分の話が出来るのは貴重な経験でした」と述べ、前向きに臨むことの大切さを伝えました。
学生たちにとって、就活や働く女性像がより身近になった講義となりました。

担当教員からのメッセージ

「お話いただいた100分間とても有意義な時間でした」「実際に働くイメージを掴むことができた。大学時代の経験をきっかけに自分の世界を広げ、その経験を就職活動にも結びつけていた点が印象的」「自分の考えに従い自分の選択に責任を持ち、納得のいく後悔のない道を選ぶ姿勢から強い刺激を受けた」――身近な卒業生の話は、学生たちの心を捉え、講義後の学生からのコメントは、満足感溢れるものでした。自分で実際に見て、触れて、考えたことを大切に、自分の向かいたい方向を持ちながらしなやかに自分らしく生きるという小林さんのお話は、本学科卒業生の姿として誇らしく感じます。学生からの質問にも一問一答、考えながら丁寧に答えてくださり、ありがとうございました。在学生の皆さんにも、ぜひ学生時代に様々な体験をして、自分を広げてほしいと思います。

2025年9月24日

「食産業演習」の授業で太陽化学株式会社による特別講義が行われました(8/5)

 生活科学部食生活科学科の松岡康浩教授が担当する「食産業演習」の授業の中で、太陽化学株式会社 おいしさ科学館理事 山口裕章氏が8月5日(火)、講演を行いました。タイトルは、「マーケット視点から見たおいしさの可視化~客観的評価を手掛かりに~」。食品の「おいしさ」を客観的に評価するための考え方と機器分析によるアプローチに焦点を当て、人間の五感と「おいしさ」の関係性を解明する多様な分析技術とその応用例を紹介し、学生たちに食産業の多様性を示しました。

――「おいしさ」の真実に感性と科学の両面からアプローチ

この日のスピーカーは、食品メーカーのパートナーとして、おいしく健康に良い食品づくりのための素材を提供し、共同開発を通じて貢献している太陽化学の山口裕章氏。始めに「おいしさ」の構成要素や「おいしさ」と五感の関係、味覚やにおいの仕組みと特性など「おいしさの感覚」について説明し、食感を表す日本語の特徴に触れました。また、人の五感すべてで感じる複雑な「おいしさ」の感覚を科学的な手法を用いて客観的に捉え、データやグラフで分かりやすく示す「おいしさの可視化」の考え方について解説しました。

さらに、機器分析による「味覚分析」「におい分析」など、「おいしさ」を可視化するための具体的な分析方法も紹介。

講義の途中には、鼻をつまんでいるかいないかでアメの味がどう変わるか検証し、2種類のチョコレートの硬さと口溶けの感覚を評価する時間も設けられました。学生たちは五感をフル稼働し、おいしさの判断には味だけでなくにおいも重要であること、食品には食感の時間軸が存在することなどを学びました。

 最後に山口氏は、「食品の分析、特に人の感覚を可視化する需要は今後高まっていくと考えられる。食品業界にはこのような分野に取り組んでいる会社があると知った上で、新たなキャリアパスの可能性を探ってほしい」と締めくくりました。

太陽化学株式会社おいしさ科学館理事 山口裕章氏のコメント

今回の授業で私が最も大切にしたのは、何よりも「食のおいしさに興味を持ってもらう」ことです。これから未来を描いていく若い皆さんだからこそ、何かを食べて「おいしい」と感じるその感覚や、「おいしさ」が生まれる背景に、純粋な好奇心を持ってほしいと考えました。

 我々は自分たちを「単なる食品の分析屋」とは思っていません。我々は「食品メーカー」であり「食をつくり出す者」だと考えています。その根底にあるのが、「自分の家族に食べさせても、心から安心できるものをつくる」という信念です。このことも、学生の皆さんにご理解いただけたらありがたく思います。

 「食品業界って面白そう」と少しでも感じてもらえたなら、これ以上うれしいことはありません。「食」という壮大で面白い世界で、皆さんをお待ちしています。

担当教員のコメント

「食産業演習」で目指しているのは、食という大きな流れを「川上」から「川中」、そして「川下」まですべて体感し、その現場で働く方々の「生の声」を直接聞くことにあります。机上では決して得られないリアルな学びを追求することが最大の目的です。

 今回の講義のように座学ももちろん行いますが、夏休み期間中の8月から9月にかけては、「川上」や「川中」を体験するために食品工場や牧場、専門的な研究所に足を運びます。生産や加工の最前線で何が行われているのか。その営みにはどのような想いが込められているのか――。それをぜひ学生たちに実感してもらいたいと考えています。

 さらに「川下」にあたる消費の現場を体験すべく、教員の引率のもと、本格的な懐石料理店やフランス料理店を訪れる予定です。ただ食事をするだけではなく、そこで腕を振るうシェフ本人から、料理に注がれた哲学やこだわりを直接お伺いします。普段の授業では到底実現できない、貴重な経験が得られることでしょう。

 これら一連の体験は、いわば「実践」であり「実体験」そのものです。さまざまな切り口から食産業にアプローチすることで、その奥深さとそこで働く人々の情熱が、学生たちに伝わることを願っています。

2025年7月3日

「国際理解とキャリア形成」の授業で五輪メダリストの岡崎朋美氏をお招きしスポーツニッポン新聞社との特別コラボが行われました。

6月24日(火)に「国際理解とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、スポーツニッポン新聞社との特別コラボセッションが行われました。スペシャルゲストは元スピードスケート選手でありオリンピックメダリストの岡崎朋美氏。藤山健二編集委員との対談という形で、学生たちの前で講演を行って下さいました。世界の第一線で活躍された岡崎氏の貴重なお話に、学生たちも頷いたりメモを取ったりしながら真剣に耳を傾けていました。

対談の初めに

藤山氏はまず、岡崎氏が学生と同じ年齢だった頃の話題を切り出しました。岡崎氏は次のように語ります。「18歳で実業団に入ったのですが、当時は実力がなく、周囲のレベルについていけませんでした。3年間がんばって成果がでなければ、その先の将来を考えようと思っていたんです。3年目の頃にオリンピックが現実味を帯び始め、翌年の選考会で出場を決めました。それが22歳の時でした」

藤山氏は続けて、岡崎氏の経歴と実績を簡単に紹介しました。「冬季オリンピックに5大会連続出場。日本のウィンタースポーツ界を代表するレジェンドです。長野大会では、500mで銅メダル。女子短距離スピードスケートで初めてメダルを獲得し、その後のオリンピックでは日本選手団の団長や旗手も務めました。本当に大活躍した選手です」以降、対談は岡崎氏のこれまでの歩みを振り返る形で進みます。

岡崎氏の学生時代

学生時代には大会の受賞歴がほとんどなかったという岡崎氏。北海道出身で、スケートは幼いころから身近な存在であったものの「スポーツ万能だったが、スケートだけはうまくいかなかった」といいます。高校は、道内の強豪校ではなく、女子校を選んでスケート部に入部しました。男女合同で練習する学校に比べ、練習内容に限界があったと感じていたそうです。「他校の練習風景を見て、自分もああいう練習をすればもっと伸びるのではと思っていました」と、当時を振り返ります。

実業団入団

入団のきっかけは、実業団の監督が偶然リンクを訪れていたことでした。さまざまな高校の生徒が同じリンクで練習している中で、岡崎氏のスタート100mの速さが監督の目に留まりました。「当時の体格の良さも含めて可能性を感じてもらったんだと思います」と話しました。

入団後は、富士山のふもとの標高の高い場所でのトレーニングに環境の変化が大きく、慣れるまでに1〜2年かかったと話しました。さらに、オリンピック出場者もいる実力あるチームでの練習はレベルが高く、意識やメンタル面の重要性も学んだといいます。最初のオリンピック選考会については、こう振り返ります。「ようやく環境に慣れてきた頃で、オリンピックを目指すというより、先輩たちに少しでも近づきたいと思っていました。才能がないなら辞めようという気持ちで、全力を出し切れば結果に関係なく納得できると思い、満足した状態になろうととことん練習に取り組みました。」その結果、1994年のリレハンメルオリンピックに出場が決まりました。

オリンピック出場

初めて出場した1994年リレハンメルオリンピックは、14位入賞という結果で終わりました。自己ベストを更新できたことに手ごたえを感じ、「一度出られれば十分かなと思っていましたが、会場で他の選手たちの姿を見て、“もっとやりたい”と感じました」と話しました。次のオリンピックは日本開催の長野大会。「日本で五輪が行われるのは、自分の競技人生の中ではもうないかもしれない。そして日本という慣れ親しんだ環境で行われること、日本を応援してくれる人も多いことはモチベーションにつながりました。そこからやらされる練習から、やる練習に変わりました」と語ります。

1998年長野オリンピックでは、短距離で銅メダルを獲得。二日間にわたるレース形式で、一日目が終わった時点で緊張のあまり眠れなかったといいます。「選手村にいると緊張してしまうので、あえて会場に行きました。五輪マークが目に入るとワクワクしてきて、あとはスタートラインに立つだけ、という気持ちでした」大会直前にスケートシューズの規定が変わり、新しい靴に苦労したそうですが、「スタートしたら結果は決まっていると思っていた」「仕上がりに不安もありましたが、結果が出てよかった」と振り返り、当時の銅メダルを取り出し、学生に手渡して見せました。

けがのお話

藤山氏が「長野で一区切りと思わなかったか」と尋ねると、「新しい靴にも慣れてきて、まだタイムを縮められると思った。世界記録と自己ベストに2秒差があって、追いつきたかった」と語りました。しかしその約1年後、腰を痛め手術を受けることに。シーズン最後の大会の朝、起き上がれないほどの痛みに襲われながらも、注射でなんとか出場したといいます。藤山氏が「体にメスを入れるリスクをどう考えたか」と問うと、「次のオリンピックを目指していたし、手術して復帰した前例があまりなかったから、自分が最初になろうと思った。誰かがやらないと前に進まないこともあるから」と、力強く答えました。藤山氏は「どこまでもポジティブにとらえるんですね」と驚きの表情を見せました。

結婚・出産とアスリートのキャリア

2002年ソルトレイク、2006年トリノと五輪出場を重ねた岡崎氏は、2007年に結婚。当時、夫は東京勤務、岡崎氏は練習拠点に残り別居生活をしていたそうです。2010年に出産。その後も現役を続ける決断をしました。「当時は出産したら引退、という選手が多く、託児所もなく、相談できる人もいませんでした」「でも、一般の人も仕事と育児を両立している。形は違っても、私も挑戦してみようと思いました」と話し、手術のエピソードにもあった岡崎氏のチャレンジ精神がここにも反映されていることがわかりました。さらに「練習中に電話に出られないので、保育園の緊急連絡先は監督だった」というリアリティのあるエピソードに、学生は岡崎氏の苦労を想像しつつもくすっと笑うリアクションをしていました。

妊娠・出産後の体の変化については、「子どものために母乳育児をしていたら、自分の栄養が足りなくなって。初めて“食べても追いつかない”という経験をしました。ホルモンの影響も大きくて、筋肉がつきづらかった」と実感を語りました。それでも、「自分の経験が次の世代のお母さんたちの参考になると思って、いろいろ勉強しました」「子育てと競技を両立したことは、手探りでしたが全く後悔していません」と語ります。

対談の最後に

引退については、「もう無理だな、と思って案外すんなり決めました。振り返れば悔いはありません。私は本当にラッキーな人間で、たくさんの人に支えられました」と話しました。最後に、学生へのメッセージとしてこう語ります。「“この人いやだな”と思う人がいても、その人のために生きてるわけじゃない。自分のために時間を使ってください」「他人と比べることもあるけど、自分の目標に集中して進んでいってほしい。迷ったら相談して、行き詰まったら一度リセットして、そこからまた立ち上がればいいんです」

そして、こう締めくくりました。

「うまくいかなかった経験も、後々生きてくることがある。どんどんチャレンジして、自分の糧にしていってください。私も、これからもチャレンジを続けます」

質疑応答

対談の後に、学生からの質疑応答の時間が設けられました。

「リフレッシュ方法は?」という質問には「今はウィンドウショッピングやツーリング、ドライブなど体を動かすことをしています。現役時代はなかなか時間がなかったので、温泉に行ったりマッサージを受けたりしていました」と回答。「試合前に大切にしていたこととは?」という質問には「メンタル面でいうと『どうしようか迷わない。やるべきことをやる。』ということです。スタートラインに立つときにはもう結果は決まっている。そこで悪い癖が出るのであれば、出さないようにする。マイナスな考えは、うまくいくはずのことがうまくいかなくなってしまう原因になる。」と話し、「もちろん、練習不足だったなとか、結果がうまくいかなかったなと思うときもあります。でも、その原因を自分が理解していれば対処することができる。だめだったら次の方法に行こうと思える」と、勝負の瞬間に迷わないよう、事前準備で淡々と前に進み続ける行動方針を話しました。「応援される人はどのような人だと思いますか?」という質問には「一生懸命頑張っている人。好きなものに一心不乱に打ち込んでいる人は、応援したくなります」といい、「笑顔も大事。無理して笑う必要はないけど、素直な気持ちを出すことは大切」と続けました。その後、授業時間いっぱいまで質疑応答が続き、学生にとっても、学びの多い時間となりました。

担当教員からのメッセージ

国際理解とキャリア形成の授業においては、2018年からご支援をいただいているスポーツニッポン
新聞社様、今年のテーマを冬季五輪に置いていただいたこともあり、今年のスペシャルゲストは
スピードスケート日本人女子短距離で初のメダリストになられた岡崎朋美選手にお越しいただき
ました。
勿論、アスリートとしてはレジェンドである岡崎さんですが、その厳しい競技生活からは
想像がつかないほど、優しいお人柄を感じながらの、藤山記者との対談が続きました。
今なお、スピードスケートの世界で活躍を続ける岡崎さんから、そのポジティブ思考と、
諦めないことの大切さなど、本当に多くのことを学ばせていただきました。
岡崎朋美様と藤山健二様に、この場を借りて心から感謝申し上げたいと思います。

2025年6月6日

自身のキャリア志向を知ろう!「女性とキャリア形成」の授業で、日本マナー・プロトコール協会理事長による講演が行われました。

5月8日に行われた共通教育科目「女性とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、日本マナー・プロトコール協会の明石伸子理事長をお迎えしての特別講演が行われました。明石氏は、積極的になることで人生が変わったと話し、ご自身のエピソードを交えて学生に前向きにキャリアを考える大切さを語りました。

チャレンジ精神を持ってキャリアを切り拓く

司会進行は「キューブ」と呼ばれる班ごとに学生が行います。
学生から紹介され明石氏が登壇されました。明石氏がこの授業で講演されるのは今年で3回目。
「毎年とても楽しみにしています。学生が主体的に運営していて質問も活発にあり、私自身モチベーションが上がります」と笑顔で仰いました。

「ただ、皆さん真面目で優秀なのに、チャレンジ精神がちょっと足りないなと思うことがある」といいます。質問に対して、分かっているのに手を上げないなど積極性に欠けると感じる場面があると話しました。
「キャリアを振り返ってみると、勇気を出したことで今の自分につながってきたなと思うことがたくさんあるんです」と話し、「キャリアも人生も自ら切り拓く」と題し、講演を始められました。

最初の就職先はよく検討して選択しよう

明石氏は大学卒業後、日本航空株式会社(JAL)に新卒のCA(客室乗務員)として入社。今では憧れの職業と言われるCAですが「なりたくて入ったわけではない」と言います。
明石氏が就活をしたのは、第2次オイルショックで4年制大学卒の女性は就職が難しかった頃。
大量採用していたJALになんとか入った、と話されました。

「現在は人手不足で売り手市場と言われている。ある意味、皆さんが企業選択の決定権をもっています」と明石氏。
転職も当たり前になっている現代ですが、「それでも最初の就職先はこれからの人生に大きく関わってくる」と話します。
「たくさん内定をもらっても、最初に入れる会社は1社しかない。だからこそ、入ったらしっかり頑張れるところを選んでほしいと思います」と、よく検討して選択するよう勧めました。

自分のキャリア志向とは?

就職活動をするにあたり、自分自身がどういうキャリア志向なのかを確認することが大事だと明石氏は話します。
例えば自分でやってみたい自立志向型や、人を動かすほうが向いているプロデュース型、まずは何かをやってみたいチャレンジ志向型など。「自分を知ることで、より迷わず、流されず、後悔しないキャリアにつながります」と伝えました。
また、「人生はキャリアだけではない」との言葉も。
「専業主婦だって素敵なことですし、地域活動に力を入れるのも素晴らしい。自分はどういう人生を歩みたいのか考えることが、有意義な企業選択に繋がる」と強調されました。

自分のやりたいことが分からない人には、『置かれた場所で咲きなさい』という元ノートルダム清心学園理事長の故・渡辺和子先生の言葉を紹介。
与えられた仕事を真摯に頑張ることの大切さを伝えました。「人生も仕事も必ず起伏がある。そのときにどうするかで、その人の真価が問われると思います」と話し、逃げずに継続する勇気を持つことが大事だと話します。
ご自身も離婚を経験されたとき、初めて劣等感や将来の不安を感じたと告白されました。
しかし子どものためにも自分が頑張らなくてはと一念発起し、当時まだベンチャー企業だったパソナに秘書として入社。
そこで経営を間近に見る機会を得、その後のコンサル業へとつながっていきます。
「大変なときこそ成長するチャンス。うまくいかなくてもチャレンジ精神をもって乗り越えてほしいと思います」と語りました。

人とのつながりを大事に

最後に強調されたのは、人とのつながりを大切にすること。
「チャンスをくれるのも評価をするのも、相手や周囲の人たちです」と明石氏。
日本マナー・プロトコール協会の立ち上げに加わったのも、会社を立ち上げてから人脈が広がったためだと話しました。
「それまでは一人で仕事をしていましたが、あまり社会貢献をしている気がしていなかった。マナーやプロトコール(国際儀礼)を普及させていくことは社会的に意義があることと思い、協会を立ち上げました」と言います。

そして、主体的な思考をすることを勧めました。
「誰かと同じほうが安心、と思う人もいるかも知れません。しかし正解はひとつではありません。自分で調べいろんな人の意見を聞き、自分なりの判断の基準を持つことが大事」と話し、「本質を見る目を、ぜひ若い時からはぐくんでほしいと思います」と伝えました。

チャンスで力を発揮するためには

講演後は質疑応答の時間が設けられ、たくさんの学生が手を挙げました。

「自分のキャリア志向が合っているか確認する方法は?」という質問には、「やってみないと分からない。ライフステージが変わったら志向も変わることがあります。自分にはこういう面があるなと気付いたらキャリアチェンジも考えていきましょう」と回答。

「いろんなキャリアを歩まれたと思いますが自分の軸はいつ見つけましたか」という質問も。
明石氏は「私自身若い頃はやりたいことが漠然としていたタイプでした。だからこそ『置かれた場所で咲きなさい』を実践し、そのときそのときで自分の力が発揮できるかやってみることを重視しました」と話し、「チャンスはいつ巡ってくるか分からない。いろんな出会いを大切にしてください」と伝えました。

担当教員からのメッセージ

今年も、日本マナー・プロトコル協会理事長の明石伸子様にお越しいただきました。
大変素晴らしいキャリアをお持ちの方ですが、一方、ご苦労の多かった経験もお話しいただきました。
いつも笑顔を絶やさないそのお姿が印象的であり、語りかけるようなお話しに、自然と学生が
引き込まれていく様子を強く感じました。

コロナ禍以降、人と人との触れ合いが減少したと言われています。
しかし、これからどんな時代が来ようとも、人と人とが出会い、直接語り合うことの大切さは
変わらないと思います。そのような大切なことを教えて下さいました。

この場を借りて厚く御礼申し上げます。