社会の各界各層で活躍するリーダーを養成する共通教育科目「キャリア開発実践論」が、今年度で6年目を迎えました。企業の管理者向けリーダー養成プログラムを大学の正規科目にアレンジしたユニークな講座は、本学キャリア教育の看板授業として、すっかり定着。同講座を履修して本学を巣立った卒業生は、120人にのぼります。
コロナ禍で「完全」オンライン
6年目となる今年度の授業は、コロナ禍のため、残念ながら9月11日から13日の全期間中、すべてがオンライン開催となりました。同じくコロナ禍に見舞われた昨年は、初日こそ教室で対面授業が実現しましたが、2~3日目はオンライン。宿泊施設を借りて2泊3日で行う恒例の集中合宿スタイルは、2年続けて見送らざるを得ませんでした。
東京都内でコロナ禍4度目の緊急事態宣言(7月12日~9月30日)の発令下にもかかわらず、コロナ感染者数が、8月13日に過去最大の5,773人(2020年8月13日は206人)まで急拡大しては仕方がありません。リーダーシップコンサルティング代表で岩田松雄氏(元スターバックスコーヒージャパンCEO)、同社共同代表の鷲見健司氏の講師陣2人にとっても、自宅からのZOOM講義は6年間で初めての経験となりました。
ただ、そんな悪条件の中でも、授業で講師と真剣に向き合う学生の姿勢は、不変でした。同講座は、開講以来一貫して「私たちは何のために働くのか」がテーマであり、学生それぞれが自らのミッション(働く目的や天職)を授業のなかで探ります。初日の「個人ミッション」作成に始まり、2日目の「リーダーシップ」や「ファシリテーション」、「ダイバーシティ」へと続く名物講義。最終3日目に行う学生の決意表明「アクション宣言」は、自宅からの参加はいえ、例年に劣らず熱を帯びたものとなりました。
交流セッションは本音トーク
例年と変わらないものには、初日と2日目の夜の部、後輩のためにと交流セッションに駆け付けた先輩の存在もありました。
(学生)「就活で営業職を考えているが、自分に新規開拓ができるか自信がない…」
(OG)「私は新規開拓が得意。先月は1人で130万円の利益を上げた。この額って実は(私の会社の中では)すごいんだよ」
(学生)「(瞠目して)どうしたら、そんなふうになれるんですか?」
(OG)「まずは若い女性で販売職だと珍しがられるから。1か月に1回は相手を訪問すること。そうすれば相手の印象も、○○(会社名)の人から、○○の△△さん(姓名)に変わり、顔も覚えてもらえる」
「相手には明るく接する。そして、とにかくめげずに通うこと。特に古株の人ほど(こちらの努力を)をよく見てくれている」
今年度も、初日の土曜日夜と2日目の日曜日夜、延べ26人の履修生OGが交流セッションに参加しました。例えば、2日目の夜に行われたZOOMのブレイクアウトルームの一つを覗いてみると、就活で営業職を希望しようかを悩む後輩に対して、親身の悩み相談が行われていました。年齢が近いということもあるのでしょう。すべてが本音ベースです。
他のブレイクアウトルームでも、遠慮のない先輩と後輩の交流が行われたことは想像に難くありません。後日集計された先輩の参加アンケートからも、それがうかがえます。
▼「就活を長くやっていると色んなことを考え、就活自体が辛くなり、妥協することがあるかもしれない。でも、実際は働いてからの人生の方がとても長い。この会社で自分はやって行けそうか、理想通りの働き方ができるか、という視点を見つけ、働きたいと思える会社に出会えるよう頑張って欲しい」(2019年卒、RAさん)
▼「『自分の人生でやりたいこと』と聞かれても、答えるのは難しい。コロナ禍で制限された困難を乗り越えるには、日頃からOJT(実際の職務現場で業務を通して行う教育訓練)は始まっているという意識が大切だと思う。その考えがいずれ経験値となり、皆さんを支えてくれます」(2018年卒、ENさん)
こうした先輩の声は、いずれもコロナ禍と就活で不安な日常を送る後輩を気遣うものばかりです。
他方、交流セッションは先輩の赤裸々な社会体験やビジネス体験が聞ける稀有の機会であり、学生の刺激にもなっています。そのアドバイスは、学生のこれからの選択肢にも少なからず影響。最終日の「アクション宣言」にも、その一部が投影されました。
▼「先輩との交流セッションで『やりたいことを大学生のうちに見つけている人の方が、就職活動とか、働くことに対して、うまくいっている印象がある』と言われた」(Mさん)
▼「OGの方とのフリートークで『結局は自分との戦いだ』という言葉をもらった。その言葉を信じて頑張りたい」(KEさん)
もはや、OG抜きに本講座は考えられないことが分かります。
履修者の6割は「活字離れ」を自覚?
その「アクション宣言」ですが、これは2泊3日の授業を締め括る、いわば本講座のフィナーレです。そして、学生それぞれが最終日午後にどんな決意表明をするかは、この講座最大のクライマックスと言えるでしょう。今年度も22人の履修生全員が各2分間、講義を踏まえて今後自ら取り組む「アクション」3項目を厳選し、決意表明をしました。
【学生】「私のアクションは、大きく分けて、ミッションに関するアクション、人と関わることに対してのアクション、自分の内面に関わるアクションの3つです。
このうち、1つ目のミッションに対するアクションですが、私のミッションは『地元が好き、でも華やかな東京の暮らしも大好き、だから地元を豊かにしたい』というもの。地元を豊かにするのは地方創生。そのためには勉強して県庁等に入らないと話にならないので、今の勉強時間に1時間プラスアルファ、勉強時間を増やすことをアクションにしたいと考えました。
2つ目のアクションは、『人と会話をする際にお互いに前提を明確化する』です。例えば、リーダーとリーダーシップの意味の混同など、会話の際に前提の違いが原因でお互いの会話に齟齬(そご)を生じてしまうからです。
最後3つ目の自分の内面に対するアクションですが、それは『自分の好きなものを見つけてみる』です。具体的には、自分の内面を豊かにするために2週間に1度は美術館に行き、自分の知性や文化的なものを深めたいと思います」
こうしたアクション宣言の内容を、22人について振り返ると、目前の就活対策、自己に足りないものの克服、将来の夢の実現に向けて…など実に多種多様でした。ただ、総じて本や新聞、テレビのニュースを通じた情報収集が多かった気がします。
▼「語彙力を高めたい」(STさん、RYさん)
▼「政治や経済の知識不足を本講座で思い知らされた」(KEさん)
こうした理由から、履修生22人のうち約6割の13人が、本や新聞による情報収集、ニュースや記事の閲覧をアクションの一つに挙げています。裏返せば、若者のSNS依存が進み、これらメディアへのアプローチを「アクションに高めなければ」と自覚するほど、大学生の活字離れが進んでいるということでしょうか。
有為の人材120人が講座を巣立つ
「キャリア開発実践論」がスタートしたのは、今を遡る6年前。全学部学科の3~4年生を対象とした共通教育科目として発足しました。本講座を担当する文学部国文学科の深澤晶久教授(キャリア教育担当)によると、スタートに際して「2泊3日の宿泊学習を行うことを含め、同講座の開催スタイルに対して学内での異論も多かった」と振り返ります。
しかし、この間、たびたびメディアにも取材され、学内や学外を問わず講座の認知度が向上。本学キャリア教育の看板授業としてのステイタスを高めていきます。そして6年目の今年度は、累計履修生120人を達成、初の3桁超えとなりました。
▼「(交流セッションへの参加が)自分の気が引き締まり、改めて業務に邁進したいと思うきっかけになりました」(2017年卒、EIさん)。
▼「自分の生きたいキャリアを見つける手がかりを、キャリア開発実践論で見い出してください。私は進路の方向性はこの授業から見つけました」(2019年卒、 SKさん)。
▼「自分なりの信念、ミッションを大切にしてください。(講座で学んだ)自分の軸があることで、社会人となった今も、ぶれずに進むことができています」(2021年卒、AIさん)
履修生OGそれぞれは、本講座で会得した自分の軸を武器に、厳しいビジネスの荒波を乗り越えるとともに、年2回、毎年9月と3月にある「キャリア開発実践論」「深ゼミ」に参加することで、初心を忘れないように心掛けています。社会に巣立った履修生OGが自身の体験を学生に伝え、学生が先輩を手本に有為の人材として社会に巣立つ。こんな先輩と後輩のスパイラルが、同講座の確かなレーゾンデートル(存在理由)として、リーダー養成の好循環を広げているのではないでしょうか。
6年間を振り返って
深澤晶久教授の話
2016年に始まったこの授業のコンセプトは、「超一流の講師の下、超一流の環境で学ぶことで、実践女子大学の卒業生として、社会の先導者として活躍してくれる学生を育てること」を狙いにスタートしました。岩田さん、鷲見さんというお二人の講師から学べたことの幸せを噛みしめながら卒業した学生たちの多くが、大学時代を振り返った時、この講座が転機になったと語るほどのインパクトになっていることは事実です。無限の可能性を秘めた学生が、この講座をきっかけに大きく成長し、実践女子大学の卒業生としての矜持を胸に、さらなる活躍を心から期待したいと思います。そして、厳しくも愛情に溢れるご指導をいただいている岩田松雄様と鷲見健司様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
岩田松雄氏の話
通常この授業の内容は大企業の部長さんクラスを想定したものでした。
もちろん学生さん向けに色々工夫はしているものの最初難しいかなと思っていました。
しかしながら皆さん正面から課題に取り組み、想定以上の成果が上がっていると思います。
特にこれから就職活動を迎える3年生には、自分の人生の使命、何のために働くのかなどを考える良いきっかけになり、またファシリテーション、リーダーシップなどのスキルも身につき、就職活動の面接はもちろん企業選びにも役に立っているようです。
また若い人が入社して3年以内にすぐ辞めてしまうという問題に対しても、その会社の知名度や給料など待遇面だけで選んだわけではないので、退職する方も少ないようです。
また多くのOGの方も研修に参加して、後輩たちにとても有意義なアドバイスを送ってくれています。この研修を受けたというだけで何か仲間意識のようなものが広がっているようです。今後ともさらにより良い研修にしていきたいと思っています。
鷲見健司氏の話
大学3、4年という大切な時期に、当講座の以下のような特徴が、受講生にとって今後の人生を深く考えるきっかけや転機になっていれば嬉しく思います。
・岩田講師から個人ミッション作成法の指導を直接受け、自分理解を深めるプロセスを通じてミッションを作り、語ることで自己認識を強化することができる
・当講座を受講し社会人として活躍する先輩方から、企業や仕事、就活等についてリアルな体験談を直接じっくり聞くことができる
・岩田講師と直接対話を繰り返しながらリーダーシップについて本質から理解を深めることができる。受講者自身が自らの中にあるリーダーシップを見出し、より積極的に発揮するきかっけとなる
・志を共有する受講生同士が、ファシリテーションの実践演習をしながらジェンダーギャップ等に関するグループワークやプレゼンテーション等を次々と乗り越えていく過程で、3日間、お互いを理解し合い、温かく支え合い、切磋琢磨し合うことを通じて、素晴らしいチーム形成の経験や、生涯の財産となる得難い同期(同じ釜の飯を食った盟友)を得ることができる