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2026年8月6日

五輪開会式のプランを発表!2026年度〈国際理解とキャリア形成〉にてスポニチコラボ授業の最終プレゼンテーションが行われました

7月14日、実践女子大学共通教育科目〈国際理解とキャリア形成(担当:国文学科 深澤 晶久教授)〉にて、スポーツニッポン新聞社(以下スポニチ)とのコラボ授業として提示された課題『オリンピックの開会式をプロデュースする』に対する学生の発表が行われました。スポニチからは編集委員の藤山健二氏、ビジネス開発局の池田智子氏、記者の佐藤博之氏をお招きし、学生の発表に対するフィードバックをいただきました。

授業と社会連携について

国際理解とキャリア形成は、2年生以上を対象に開講されている共通教育科目です。国際情勢の学習や、グローバル業務を経験した外部講師による講演を通じて、国際的な視野と幅広い知識を身に付けます。

 また、この授業は〈オリンピックとパラリンピック〉をテーマに、スポニチと連携して行っています。今年度は『オリンピックの開会式をプロデュースする』というテーマに、学生が挑戦しました。発表では、開会式のテーマ、選手入場、選手宣誓、聖火点火の4点を必須条件とし、学生たちは自由な発想で開会式を企画しました。

今回の授業では、グループワークの成果を発表し、編集委員の藤山健二氏からフィードバックをいただきました。また、授業の最後には、スポニチ賞として最優秀賞が贈られました。

3班:想像を創造へ

3班は開催地を日本と想定し、〈想像を創造へ〉を開会式のテーマに企画を考えました。未来の技術を使って活躍する漫画キャラクターをテーマの象徴として採用し、学生は「タイムマシンや空を飛ぶ小型の飛行装置など、想像を技術によって実現しています。あこがれや望みを象徴したキャラクターとして採用しました」と話しました。

選手入場では、4箇所に設置された扉から同時に入場するとしました。入場の演出としてプロジェクションマッピングで入場国の風景を映し出し、観客が各国の文化や自然に触れられるようにしながら、そのキャラクターが登場するアニメのテーマソングを、その国の言語で歌ったバージョンで流すとしました。

また、選手宣誓は柔道の阿部一二三選手、阿部詩選手とし、「柔道という日本らしさと、兄妹でオリンピックに出場するという夢と絆の表象として採用しました」と話しました。

聖火台は大樹をイメージしたデザインとし、「根は努力、幹は現在の選手、葉は選手にあこがれる次世代を表しました」と話しました。点火者は柔道を習っている子供とし、漫画に登場する飛行道具を身につけて空を飛び、聖火に点火する演出を紹介しました。スポーツを通じて次世代へつなぐ未来を伝えるとしました。

藤山氏は「大会ごとにキャラクターは存在していますが、すでに有名なキャラクターを採用するという点が驚きでした。また、選手入場を4箇所から入場する案も、着眼点がよかったと思います。全体を通して実現性と夢があり大変良かったです」とフィードバックを寄せました。

6班:Every color tells a Different Story

6班は、2028年ロサンゼルスオリンピックの開会式について企画しました。〈Every color tells a Different Story〉を開会式のテーマに、多様性、太陽、持続可能性をキーワードに設定し、開会式を演出しました。選手入場はギリシャからアルファベット順に入場し、開催国であるアメリカが最後に入場するとしました。入場では各国のウェア以外に伝統装束も着用し、世界の文化に触れることができる演出としました。また、各国オリジナルロゴを作成し、入場国に合わせてドローンでロゴや国旗を空に映し出すことで、観客に視覚的な楽しさを感じてもらうことを狙いました。選手宣誓は、アメリカ代表の主将と副主将が行うとしました。

聖火台への点火方法として、大砲風に装飾したピッチングマシンから火の玉を投球し、野球選手がホームランとして聖火台へ聖火を届ける演出を提案しました。学生は「追加競技として採用されることや、メジャーリーグでも有名で世界的に注目度が高いことから、スポーツらしいダイナミックな演出ができると考えました」と話しました。また、点火の際に花火とドローン、ランタンによる演出を行い、会場の一体感を表現しました。さらに、聖火台とランタンに太陽のモチーフを取り入れることで、大会テーマとの親和性も図りました。

藤山氏は「直球勝負な内容だと感じました。企画した要素に対して背景まできちんと考えられており、本当の記者会見のようなリアリティのある発表でした」と話しました。

5班:響きあう伝統と未来

5班は札幌を舞台にした冬季オリンピックの開会式を提案しました。開会式のテーマは〈響きあう伝統と未来〉です。選手入場は国ごとにそりに乗って行われ、そりのデザインに国旗の色やモチーフを取り入れることとしました。選手宣誓は「冬季五輪をけん引する存在」であるスノーボードの平野歩夢選手、スキージャンプの高梨沙羅選手が行うことを提案しました。

また、聖火台はアイヌの伝統家屋“チセ”の木組みをイメージし、北海道産の高級木材と軽量アルミニウムを融合させたデザインにするとしました。点火は火矢を用いて聖火台を射ることで行うとし、点火した瞬間にその火が天に昇るような光の演出を、ドローンを活用して行うとしました。学生は「現実の炎とプロジェクションマッピングやドローンによるデジタル技術の輝きの融合をイメージしました」と話しました。

さらに、場外の特設イベントとして、聖火点火体験ブースを設けることを提案しました。設置された聖火台のオブジェクトに向けて、来場者が手元のスマートフォンから一斉に火矢を射ることで点火を疑似体験。参加者により一体感を感じてもらうとしました。

藤山氏は「冬季オリンピックの開会式を提案してくれるとは思っていませんでした。札幌を舞台にする上で、アイヌ民族に注目してくれたことがよかったです。また、体験スペースとはいえ観客を点火に取り入れる発想はこれまでにない斬新なもので、参加型で一体感を演出するアイデアがとてもよかったです」とコメントを寄せました。

4班:わ

4班は開催地を日本と想定し、〈わ〉を開会式のテーマに企画を考えました。学生はテーマについて「〈わ〉には平和の“和”、五輪の“輪”、そして日本文化の“和”という意味が込められています」と述べました。また「日本文化をわかりやすく織り交ぜ、他国との調和や平和、そして過去から未来を表現します」と話し、その演出全体を考えるベースとして『万物が互いに影響し合い循環する』という東洋思想である“五行思想”を取り入れると説明しました。

選手入場の順番については、オリンピックのシンボルマークである五輪が5大陸を表していることに触れながら「ギリシャを先頭に5大陸ごとに順番に入場し、日本がアジア大陸の最後として入場する」と説明しました。また、選手宣誓には柔道の阿部一二三選手、阿部詩選手を起用するとし、「柔道が日本の伝統競技であること、兄妹の絆がスポーツの努力を象徴することから採用した」と起用の理由を話しました。さらに、聖火ランナーとして歌舞伎俳優の市川團十郎氏を起用することを提案し、「日本の伝統文化を象徴する歌舞伎の力強さをストレートにアピールし、日本ならではの魅力を伝える点火セレモニーとする」としました。

藤山氏は「まず、テーマをひらがなとした点が、同じ発音で複数の意味を持つ日本語の特徴を活かした発想で素敵でした。また、“五行思想”に着目した点も面白かったです。さらに5つの大陸を意識した入場順は、オリンピックの原点である“大陸の団結”に立ち返った発想で良かったです」とコメントしました。

2班:3つのB 〜Bridge、 Believe、 Beyond〜

2班は夏季オリンピックを想定し、〈3つのB 〜Bridge、 Believe、 Beyond〜〉をテーマに開会式を企画しました。学生は「テーマでは3つのBを通じて、オリンピックが世界中の人をつなぎ、お互いを信じながら、新たな未来へ歩み出すきっかけとなることを表現した」と話しました。選手入場は競技ごとに行うとし、選手宣誓は次の世代へつなぐ“Bridge”の象徴として、10代のオリンピック選手である、スケートボードの吉沢恋選手と小野寺吟雲選手を選出しました。

聖火の点火者は2024パリ五輪で金メダルを獲得したフェンシング団体の日本選手とし、採用理由を「チーム競技で仲間を信じ、限界を超えた先の金メダルであると考え、Believe、Beyondの象徴として採用した」と説明しました。点火者たちが聖火台へ集まり、ひとりひとりのトーチから聖火が灯された後、光が会場全体に広がる演出を行うとし、学生は「重ねた想いが未来に広がっていく様子を表現しました」と話しました。また、聖火台は両端に階段を設け、上から見ると橋に見えるデザインにすると説明し、学生は「橋でつながり、信じる力で支え合い、限界を超えて未来を切り拓くという3Bのコンセプトを意味として込めた」と話しました。

藤山氏は「開催都市を選ばない普遍性のある提案で、内容の完成度も高かったです」とフィードバック。「また、スケートボードやフェンシングといった競技の目の付け所がマニアックで面白かったです」と話しました。

1班:コネクト

1班は2032年夏季オリンピック開催地であるオーストラリアを舞台に、<コネクト>をテーマとした開会式を企画しました。また「スポーツを通じた人とのつながりと自然との共存」をコンセプトに、演出を考案しました。

選手入場は「競技ごとに船に乗り、シドニー・オペラハウス周辺の海を同時に周遊する」と提案。入場にかかる時間の短縮を狙いました。また、選手宣誓はオーストラリア選手の最年少と最年長が行い、「スポーツが持つ歴史を次世代へつないでいく〈コネクト〉を表現する」としました。学生は「追加競技に、現地で人気のオーストラリアンフットボールが採用された場合、その競技の選手から選出する」と話し、開催国の魅力も発信すると述べました。

聖火点火は、オリンピックで実施される競技から選手が一人ずつ参加して点火を行い、聖火台は「ニューサウスウェールズ州のシンボルである花、ワラタをモチーフとしたデザインにする」とし、自然との共存というテーマの表現につなげました。

さらに、オペラハウス前でのオーストラリア室内管弦楽団の演奏に加え、ゴールドコーストのサーファーズパラダイスで先住民族の伝統音楽やダンス〈マニカイ〉〈コロンボリー〉を披露すると話しました。

藤山氏は「オーストラリアンフットボールという、ローカルだけれども現地で圧倒的な人気を誇るスポーツを取り入れてくれて、よく調べたなと感じました。また、オーストラリアの歴史として先住民族問題を忘れずに取り入れてくれて大変良かったです」と話しました。

スポニチ賞の表彰

すべての班の発表が終了した後、藤山氏、池田氏、佐藤氏の3名がスポニチ賞の審査を行いました。

協議の結果、最優秀賞は2班〈3つのB 〜Bridge、 Believe、 Beyond〜〉に決定。藤山氏は評価のポイントを「企画内容の実現可能性の高さ」と説明しました。2班には、オリンピック公式グッズの防水ポーチが藤山氏から贈呈されました。また、参加賞としてスポニチグッズのペンが学生に配布されました。

総括のコメント

藤山氏は「予想を超える素晴らしい提案でした。スポニチ賞を設けていますが、みなさんには自分の発表に自信を持ってもらえればと思います」と、発表全体への感想を述べました。続けて、オリンピック取材時のエピソードや、有森氏との対談を振り返りながら、学生たちへエールを送りました。

藤山氏は、あるメダリストに取材した際、金メダルを取れた理由を尋ねると「”負けず嫌い”だったから」と返ってきたエピソードを紹介しました。「その言葉を聞いた直後は『アスリートはそういうものだろう、よくある回答だな』と思っていました。でも話を聞くうちに、そうではないと気づいたんです」と振り返り、「その選手が言う“負けず嫌い”は、誰かへの対抗心ではなく、自分自身に対しての負けず嫌いだったんです」と説明しました。

さらに「一流の選手でも、緊張に悩んだり負けて落ち込んだりします。その選手も『練習でもういいやと感じる時もあるけれど、それでも自分に負けたくなくて続けてきた。その結果がオリンピックにつながった』と話していました」と、アスリートの心の内を紹介しました。

また、有森氏との対談で出た『自分で自分を褒めたい』という言葉についても触れ、藤山氏は「自分が満足するまでは負けを認めない。そして満足のいく結果が出たら、自分をほめる。これは皆さんのこれからの人生でも、大切な考え方になるのではないかと思います」と学生たちに伝えました。

最後に「今後、どうしても悩むことが出てくると思います。そんなときはぜひ有森氏との対談で聞いた信条を思い出して乗り越えてください。これからも、もっと楽しい毎日を送ってもらえたらと思います。本当に皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました」と、学生たちへ言葉を贈りました。

学生たちは、企画提案や対談を通して、一つの提案をやり抜く力やチームで動く協働力、自分の人生を支える力強い信条を学びました。

担当教員のコメント

2014年からスタートした本授業では、一貫してオリンピックパラリンピックを学生とともに考えてきました。そして、スポーツニッポン新聞社さまにも、一貫してご支援を継続いただいてきました。
スポニチ藤山様には、毎年、お題をいただいたり、オリンピックパラリンピックの裏話の数々をご披露いただくなどスポーツを通しての国際理解を深めることにお力添えをいただきました。
今年のテーマは、将来のオリンピックパラリンピック開会式をプロデュースするという壮大なテーマでしたが、学生たちも想像力や創造力を目いっぱい発揮いただき、素晴らしいプランが提案されました。
スポーツニッポン新聞社様のご支援に対し、心から感謝申し上げます。

2026年8月6日

自分と向き合い可能性を開く!〈国際理解とキャリア形成〉スポニチコラボ授業に有森裕子氏が登壇し、対談形式でご講演いただきました。

6月23日、実践女子大学共通教育科目「国際理解とキャリア形成(担当:国文学科 深澤 晶久教授)」にて、スポーツニッポン新聞社とのコラボ授業の一環で、五輪メダリストであり現日本陸上競技連盟会長の有森裕子氏をお招きし、アスリートとしてのご経験やキャリアの中で得た価値観について、編集委員の藤山健二氏との対談形式でご講演いただきました。

授業と社会連携について

国際理解とキャリア形成は、2年生以上を対象に開講されている共通教育科目です。国際情勢の学習や、グローバル業務を経験した外部講師による講演を通じて、国際的な視野と幅広い知識を身に付けます。

 また、この授業では〈オリンピックとパラリンピック〉をテーマにスポーツ新聞の発行を行っているスポーツニッポン新聞社と連携を行っています。今回の授業では、バルセロナオリンピックで銀メダル、アトランタオリンピックで銅メダルを獲得した元マラソン選手である有森裕子氏をお招きし、長年オリンピックの取材に取り組んできた編集委員の藤山健二氏との特別対談が実施されました。

陸上との出会い

陸上を始めたきっかけは、「小学校の頃に信頼していた先生が陸上クラブの担当だったから」という理由だけだったと話す有森氏。また、「中学校の運動会で参加した800m走で3年連続優勝したことが、自分の自信につながった」と話しました。有森氏は、結果を左右するのは自分自身だけという陸上競技の特性が、自分に合っていると感じたそうです。

藤山氏が「自信が持てるものが欲しかったということでしょうか」と質問すると、有森氏は「自分に自信が持てる、自分を認めることができるような機会がなかったため、自信満々に自分を表現できる友人たちがうらやましかったんです。何でもいいから『私はこれ』と言えるものが欲しいと思っていました」と話しました。

あきらめない気持ちとやる気

陸上が自分の自信につながることを実感し、高校進学と同時に陸上部への入部届を提出したという有森氏。しかし、「進学した学校が陸上の名門であることを知らず、中学校時代に陸上競技での入賞経験がなかった私は門前払いされました」と話しました。

「顧問の先生から入部を却下されたにもかかわらず、どうしても入部したくて、行く先々で先生を待ち伏せすることを1か月くらい続けました」と続け、最終的に仮入部という形で陸上部へ。有森氏は「そのまま高校卒業まで部活動を続けましたが、大会での受賞歴はありませんでした」と話しました。それでも大学で競技を続ける決断をしたといいます。

藤山氏は「高校3年間頑張って結果が出なければ、やめる人も多いと思います。どうして大学でも陸上を続けようと思ったのでしょうか」と質問しました。

有森氏は、あきらめずに進む自分を応援してくれる存在がいたことが大きかったと話し、進路に迷った際、陸上部の先生から「あきらめずに続けたら相手が先にあきらめるかもしれない。それまであきらめなかったら、自分が前に行けるかもしれない。俺はお前をずっと応援するから、それまで頑張れるか」と言われたことを紹介しました。

続けて「先生の『かもしれない』という言葉を聞いて、『自分が何かできる可能性があるということだな』と思ったんです。自分が可能性をあきらめなければ、その道を応援してくれる人がいる。そう思ったときに『やめる』という選択は頭に浮かびませんでした」と話しました。

大学進学後はけがの休養からの復帰を経て、卒業後は実業団に所属。実業団入団の経緯も「通常、実業団への入団は勧誘か紹介で決まるのですが、私はそれを知らなかったんです。直接アプローチを行い、面談にこぎつけました」と話しました。

有森氏は入団できた背景について「当時の企業の状況と私のやる気がかみ合ったから」と振り返り、「会社は不祥事を立て直していくために“やる気”のある人材を求めていました。私は実績がないものの、走ることに対する“やる気”はしっかりと持っていました」と説明。「監督との面談で『これから先、どうしたいか』を伝えました。その“やる気”が伝わり、『今会社が求めている力を持っている』という点が評価されて入団することができたんです」と話しました。

オリンピックに関する有森氏のキーフレーズ

藤山氏はオリンピックに関する話題として、インタビューで有森氏が語った『自分で自分をほめたい』という言葉を紹介し、「この言葉は有森氏を代表する言葉として知られています。この言葉に込めた思いについて聞かせてください」と質問しました。

有森氏は「銅メダルを獲得したアトランタオリンピックで、競技後に行われたインタビューの最後に出た言葉でした。アナウンサーからの質問に対し『なんでもっと頑張れなかったんだろうと思うレースはしたくなかった』と話した後、ふと自分の中で今回のレースを振り返ったんです。その時、何一つそう思う瞬間はなかった。そう思ったときに『自分で自分をほめたいと思います』という言葉が自然と出ました」と、当時どのような思いでその言葉が生まれたのか語りました。

また、「アトランタオリンピックまでの道のりの中で、手術などさまざまなことがあり、周囲からは『有森は終わってしまったな』と言われることもありました。何とか自分を信じるしかない状況の中で、やっと戻ることができた4年後の舞台だったんです」と振り返りました。さらに、「誰も褒めてくれなくても、自分で『本当によくやった』と思えました。レースを振り返ったとき、あの言葉以外は出てこなかったんです。自分自身を最大限に見つめて出た言葉なので、周りの反応は関係ありません。たとえ歓声がブーイングに変わっていたとしても、同じ言葉を口にしていたと思います」と話しました。

有森氏の信条

藤山氏は「有森氏が現役時代の経験から導き出した、これからの人生にプラスになるような信条やモットーがあるということで、ご紹介します」と話しスライドに言葉を投影しました。有森氏は〈世の中にたった一人しかいない自分の生き方にこだわる〉について、次のように話しました。

有森氏は「たった一人しかいない自分であることに誇りや特別感を持つことは大切です。それと同時に、周囲の助けがあって自分が生きていけるとも感じますが、その助けを“頼ろう”と判断するのも自分だと思っています。しっかりとした自分自身を自覚していないと、何歳であろうが人にコントロールされるようになってしまいます」と話しました。また「私の場合、周囲と違うことがエネルギーになり楽しかったです。自分らしさをつくると面白いですよ」と学生へ伝えました。

藤山氏は有森氏の言葉を受け、「その根底にあるのは自己肯定感の高さだと感じます。誰しも自分自身の嫌なところを感じていると思いますが、自分を好きになるためにはどうしたらいいのでしょうか」と質問しました。

有森氏は「自分が決めたことを自分がやらないと、やりきれない自分が嫌になってくると思います」と回答。続けて、「私自身も自分の全部が好きなわけではありません。しかし、そういう部分を自覚して生きていくことと、無自覚に生きていくことには大きな違いがあると思っています。すぐに変えることはできなくても、自覚できていれば変わることができるタイミングや、変化のチャンスを逃すことが少なくなると思っています」と、自分の苦手な部分と向き合う考え方を共有しました。

さらに、学生へのアドバイスとして『嫉妬』という感情について説明。

有森氏は嫉妬を『嫌い』と別の感情であることに触れ、「他人に対して嫉妬するということは、『そうなりたい』という欲求が自分にあるということであり、伸びしろの部分です。人を貶めるために使わなければ自分にちゃんと関心を持っている証である、ものすごいエネルギーなんです」と解説しました。学生に「簡単なことではないけれど、自分が嫌だと感じている部分にもそういう視点があるんだと感じることで、自分を好きになれる瞬間が早く訪れると思います」と伝えました。

講演の最後に

藤山氏は、学生が取り組む〈オリンピックの開会式をプロデュースする〉という課題に関連し、「選手から見た理想の開会式とはどのようなものですか」と有森氏に質問しました。

有森氏は「実は現役時代、オリンピックの開会式には参加していません。マラソンはコンディションの調整が難しく、開会式に出る選手はあまりいないんですよ。ですが、開会式は単なるイベントではなく、選手と応援する人が一体感を感じられる場であってほしいなと思います」と回答しました。

さらに、スペシャルオリンピックス(知的障害のあるアスリートの競技大会)で行われたアスリートファーストの開会式や、世界陸上競技選手権大会で観客の視点に立ち、競技の見やすさを意識した大会運営を例に挙げながら、陸上競技大会の運営に対する考え方も変化していることを紹介。「競技に参加する選手が最高のパフォーマンスを出せることが大切」と話しました。

尽きることのない話題の中、予定の時間を迎え、対談は締めくくられました。

その後、学生からの質疑応答の時間が設けられ、「走っているときに心が折れそうなとき、どうしていましたか?」という質問に、「“苦しい”は頑張ろうとしているから出る感情です。ネガティブでは全くなく、苦しくなるくらい頑張っている証拠なのであきらめる理由にはならないです。逆に、“嫌になること”は自分の力になりません。嫌と感じていることは周りにも伝わりますし、進化を止めます。自分がどちらの感情であるかは見極めたほうがいいです。考えてみると案外嫌なことは少なかったりします」と回答。自分の感情を見失わずに進むことの大切さを伝えました。

講義の最後に有森氏は「けがの時、この言葉にずいぶん救われた」という『何で』と『せっかく』の話を学生に贈りました。

「何か想定外のことが起きたとき、『なんで』と考えることが多いですが、それを考えて良くなることはほとんどないです。『何で』を『せっかく』に変えるとポジティブになります。『せっかくなら』と、今しかできないことに目を向けることができ、嫌なことがあっても自分にとってプラスになることを考えることができるんです。『せっかく』をきっかけに自分をいい方向に持ち直し、その自分を通して周りも良くなる。たったこれだけのことですが、自分の心持ち1つ、使う言葉1つで、変えることができます。ぜひやってみてほしいなと思います」

担当教員のコメント

有森さんにご登壇いただくのは、今回が6回目となります。その間には、東京2020そしてパリ2024が開催され、早いもので再来年はロサンゼルス2028です。オリンピックパラリンピックを通して国際理解に繋げようとする試み、毎年スポニチ様にご支援いただいています。
有森さんの数々のエピソードからは、決してあきらめない心や、逆境の時にこそ「せっかくだから」という言葉を乗せることで、常に前向きに物事を考えること、そして挑戦する気持ちの大切さなど、数々のお言葉をいただきました。この場を借りて、有森さん、そしてスポニチの藤山様はじめ関係の皆様には、心から感謝申し上げます。

2026年8月6日

現役社員が語る仕事と子育て!〈国際理解とキャリア形成〉で資生堂グローバルブランドユニットの岡野静佳氏をお招きしご講演いただきました。

6月16日、実践女子大学共通教育科目「国際理解とキャリア形成(担当:国文学科 深澤 晶久教授)」にて、株式会社資生堂(以下資生堂)の岡野静佳氏をお招きし特別講演が行われました。学生は、岡野氏の商品開発に関するご経験やご自身の“学チカ”の話を通じ、就職活動や仕事について理解を深めました。また、岡野氏は現在、二児の育児とフルタイム勤務を両立させており、キャリアの選択肢を示す存在として、学生が将来を具体的にイメージするきっかけとなりました。

授業と社会連携について

国際理解とキャリア形成は、2年生以上を対象に開講されている共通教育科目です。国際情勢の学習や、グローバル業務を経験した外部講師による講演を通じて、国際的な視野と幅広い知識を身に付けます。

今回の授業では資生堂から岡野静佳氏をお招きし、キャリアや商品開発の仕事について、そして子育てと仕事の両立のリアルに触れるご講演をいただきました。岡野氏は現在、二児を育てながらフルタイムの勤務を両立させています。キャリアを語る岡野氏の講演に、学生は真剣に耳を傾けていました。

岡野氏のキャリア

初めに、岡野氏のキャリアについて説明がありました。資生堂への入社後、百貨店担当の営業として約3年間勤務。その後「社内のジョブチャレンジ制度に応募し、本社の国際事業部へ異動しました」と話しました。岡野氏は「営業として勤めていた時、上司との面談のたびに『国際的な仕事をしたい』と伝えてました」と、グローバルにかかわる業務に対して積極的だったと話しました。

そして異動後、配属されたのは未経験であったメーキャップ商品開発担当。岡野氏は「仕事の面で、先輩たちとの比較や理想の自分とのギャップに悩みました。しかし、先輩たちにも私のような新人の時代があったはずと考え、食らいついて仕事を続けました」と話しました。また、商品開発は企画から発売までに年単位の時間がかかることを説明し、岡野氏は「担当して3年ほど経った頃、ようやく仕事のやりかたが掴めるようになりました。つかめてからはとても楽しく、バリバリ働きました」と振り返りました。

その後、2020年に第一子の産休に入った岡野氏は続けて第二子も出産。約4年間の育児休暇を経て、一昨年スキンケアの商品開発担当として復帰したと話しました。育児休暇からの復帰後は、育児と仕事を両立する日々だといい、さらに岡野氏は「実は10か月間の研修を受け、今年1月から正式にマネージャーとして勤務しています。管理職として増えた仕事に翻弄されつつ、頑張って働いています」と話しました。

岡野氏のキャリアの原点

岡野氏は自身のキャリアの原点として、大学時代の留学中に経験したとある出来事を学生に話しました。

留学中、旅に出るため飛行機の出発を待つ空港の待合ロビー。周囲に空席が目立つ中、男性が真隣に座ってきたといいます。警戒心から「なんですか」と尋ねたものの返答はありませんでした。不審に思っていると、男性から手元の機械を用いて飛行機の行き先について質問され、初めてこの男性が視覚と聴覚の両方に障害のある人(盲ろう者)だとわかったといいます。岡野氏は「彼はアナウンスや掲示の情報を受け取ることができず、誰かに教えてもらわなければ状況に気づけない立場なんだ、と気づきました」と話しました。

そこから機械や手のひらに文字を書いてコミュニケーションを図り、「不慣れで拙くゆっくりとしたやり取りしかできず、大した会話はしていなかったと思います」と話しました。優先搭乗の案内がかかり、グランドスタッフの介助の元搭乗ゲートに向かう男性を見送った岡野氏。「男性がくるっとふりかえり、すごい笑顔で大きく手を振ったんです。向いている方向は全く違っていたのですが、きっと私に向けてしてくれたんだろうと思いました」と話しました。

当時の経験を振り返り「当時、体験したことがないほどの達成感を感じ『すごくいいことをしてあげられたんだろうな』という純粋な印象が今も根強く残っています」と話し、岡野氏のキャリアの軸でもある「心を重んじる究極のおもてなし」という価値観を持つきっかけとなったことを紹介しました。

さらに学生に「私はこの出来事を『学チカ(就活の自己PRの定番の質問である“学生時代に力を入れたこと”」のこと)』として就活面接で話しました。皆さんも『力を入れたこと』という言葉に引っ張られすぎず、自分の経験を自分の言葉に変えることを大切にしていただきたいと思います」と話しました。

商品開発の仕事

岡野氏は商品開発のプロセスを、メーキャップ担当時に開発に携わった〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉を例に説明しました。

岡野氏は「商品開発では、なぜその商品を作るかという戦略を明確にしたうえで、その目的を達成するために必要な要素とミッションを調査・分析によって導き出していきます」と説明。

〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉は、ブランドのメーキャップ商品の大幅リニューアルを前に新規顧客を獲得するための企画として立ち上がったといい、岡野氏は「新規顧客を『かわいい』でひきつけるものとして提案したものが〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉となります」と説明しました。

また、さまざまな調査の結果、新規顧客が見込める世代が若年層であったことや、ポーチの中身を調査した際に資生堂の商品が一つも入っていなかったことなどから「“若いお客様に『可愛い』『ポーチに1個入れたい』と思ってもらえる商品をつくること”をミッションとして設定した」と話しました。

その後、「ミッションを達成するにはどうしたらよいか、具体的な商品の企画が始まります」と話し、実際の提案資料をスクリーンに投影しながら、『20代女性』というターゲットや『商品の機能だけじゃなく、見た目の可愛さやストーリーも重要』というニーズなど、〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉開発時の詳細な設定を紹介。客観的な要素をそろえたうえで、それをどうしたら商品に落とし込むことができるか、コンセプトなどを決定すると説明しました。

〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉のコンセプト決定について、岡野氏は「商品コンセプトを考えていく段階で『手つむぎ』をキーワードにしました。日本の伝統工芸など、手作業で完成する商品に込められた職人さんの美意識を、エッセンスとして取り入れたかったんです。そこで贈り物や自分へのご褒美として購入される『和菓子』をコンセプトとして採用しました」と話しました。

また、「商品の販売スタートの時期が2月だったのですが、ブランドのメーキャップ商品リニューアルは秋。そこで、季節ごとに和菓子をモチーフにした色を約2カ月おきに展開するという戦略を考えました」と話し、「販売戦略に合わせ、商品の色を開発していきます」とプロセスを紹介。色の開発について「試作と修正のトライアンドエラーを重ね、研究所やメーキャップアーティストと連携しながら商品ごとに独自の色を作り出します」と話しました。

岡野氏は「〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉はSNSなどでも大変好評で、2019年、2020年と続きました。また、老舗和菓子屋とのコラボレーションも実現しました」と語りました。さらに、〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉の商品開発には2年かかったと話しながら「スキンケアの商品開発には最低3年はかかります。今も2032年に発売する商品について、考え始めています」と商品開発のサイクルについて説明しました。

制度が支える働き方

商品開発という責任ある仕事をこなしながらも、岡野氏は二人の子どもを育てる母親でもあります。仕事と育児の両立について、岡野氏は資生堂を「とても働きやすい環境です」と話し、その両立を支える要素として〈スーパーフレックス制度〉を紹介しました。スーパーフレックス制度は1か月の所定労働時間を満たしていれば、出勤・退勤時刻を比較的自由に調整できる勤務制度です。岡野氏は「中抜けや休みなど、プライベートの時間をあまり損なわずに自分が動きたいように動くことが許されている」と話しました。

制度を活用した働き方、そして仕事と家庭の両立を行っている具体的な例として、岡野氏の一日のタイムスケジュールがスライドに投影されました。朝食の準備や幼稚園への送り出しを終えた後、9時台から出社して勤務を続け、午後4時台には退勤。就寝も子どもに合わせて早い時間帯にとり、起床は午前の3時。岡野氏の具体的なライフスタイルに触れ、学生も驚きの表情。岡野氏は「業務時間を前倒しすることで、夕方以降に行うはずの仕事を早朝の時間帯で行い、育児と仕事を両立しています」と話しました。

講演の最後に

学生からの質疑応答の時間が設けられました。

学生から「来年から新卒として企業で働きます。理想の自分とのギャップを実感し落ち込んだ状況で、自分がこれを大切にしていたからこそ乗り越えられたと感じることを教えてください」という質問に対し、岡野氏は「『大きな夢』と 『小さな目標』の両方を持つことです」と話しました。

続けて「『いつか国際関係の業務をしたい』という大きな夢をずっと持っていましたが、それだけでは心が折れる時もあったため、『今日は○○さんに話しかける』など小さな目標を設定していました。誰にでも新人時代はあるものです。上司や先輩たちも新人のことをきちんと見たいけど、忙しいとどうしても無理な時もあります。先輩たちに話しかけに行くコミュニケーションを積極的に取ることや、自分から仕事を取りに行くことも大切だと思います」とアドバイスをしました。

また、「〈SHISEIDOメーキャップ PICO 2018〉の商品開発における色づくりについて詳しく教えてください」という質問には「こちらが『この色がいい』と作ったサンプルを研究所に送り、実際にメーキャップ製品として使用できる成分で色を試作してもらいます。研究所から送られてきた試作に対して、さらに色味の修正をかけまた戻ってきてを納得がいくまで繰り返します」と回答。また、「どういう色味にするか、資生堂に所属するメイクアップアーティストと相談しながら色を決めていきます」と話し、岡野氏は「日々の生活の中で『美しい』と感じた瞬間の印象を大切にしながら色を作り上げています。飲んでいたお茶の色や、パンに塗ったジャムの色などから着想を得ることもありました」と説明しました。

担当教員のコメント

今年も、岡野様にご登壇いただきました。初めてお会いしたのは2006年、私が企業の採用を担当していた時でしたから、それからもう20年になります。管理職にもなられ、今や資生堂の中心的な存在して活躍されている姿を、本当に頼もしく、そして嬉しく拝見しました。
仕事にも、育児にも、全力で取り組むお姿が、学生の心に強く響いたようです。
そして、毎年お聞かせいただく究極のおもてなしのエピソードは、学生の心に深く刻まれたことと思います。岡野さんの益々のご活躍を心からお祈り申し上げます。本当にありがとうございました。

2026年8月6日

キャリアを積み重ねて輝こう!「キャリア・ショーケース」の授業で日本マナー・プロトコール協会理事長による特別講演が行われました。 

7月9日に共通教育科目「キャリア・ショーケース」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、日本マナー・プロトコール協会の明石伸子理事長をお迎えしての特別講演が行われました。明石氏は人間関係を大事にすることで、「キャリアも人生も自ら切り拓く」ことができると明るくお話くださいました。

山あり谷ありの人生で築いたキャリア

司会進行は、「キューブ」と呼ばれる学生グループが担当。

学生から紹介を受けて登壇した明石氏は、「若いうちからキャリアについて考えることはとても大切です」と、自身の経験を交えながら講演を始めました。
「私が学生だった頃は、大学でキャリア教育を受ける機会もなく、私自身も将来について深く考えていませんでした」と振り返ります。大学卒業時は第二次オイルショックによる不況の影響で就職活動は厳しく、ちょうど客室乗務員を積極採用していたJALに運よく就職できました。

その後、結婚を機に退職し、出産後に離婚を経験。
「当時は離婚が大きな挫折で、将来への不安や劣等感を抱えていました」と語ります。
転機となったのは、ベンチャー企業で秘書として働いたことでした。さまざまな企業の立ち上げに携わる中で、「会社は自分たちでもつくれる」という考えを持つようになり、その経験を生かして日本マナー・プロトコール協会の設立にも挑戦。
「自分でキャリアを計画してきたわけではありませんが、振り返ると一つひとつの経験を積み重ねて今につながっています」と話しました。

どんな会社が良い会社?

現在は人材不足を背景に、就職活動は学生優位の「売り手市場」と言われています。
しかし明石氏は、「皆さんもコロナ禍を経験したように、社会はいつ大きく変化するか分かりません」と話します。社会情勢はキャリアに大きく影響するため「社会の動きに関心を持ち、自分と結び付けて考えてほしい」と呼びかけました。

続いて、事前課題として調べてきた企業について確認。
「皆さんが知っている企業は、なぜ知っているのでしょうか」と問いかけます。学生が挙げた企業の多くは、消費者向けの商品やサービスを提供する「BtoC」企業でした。
一方で、企業間取引を行う「BtoB」企業や、消費者同士をつなぐ「CtoC」企業など、世の中にはさまざまな企業があることを紹介しました。

「日本には約370万社の企業があります。知名度が高いことだけが良い会社の条件ではありません」と明石氏。
また、女性活躍を支援する企業の認定制度「えるぼし」や「くるみん」を確認することも、企業選びの参考になると説明しました。
「新卒で入社できる会社は一社だけです。幅広く企業を知り、自分に合った会社を見つけてください」と語り掛けました。

未来が決まっていないことは選択肢がたくさんあるということ

明石氏が「就職活動に不安を感じている人はいますか」と尋ねると、多くの学生が手を挙げました。「先が見えないと不安になりますよね」と共感しながらも、「将来が決まっていないということは、それだけ選択肢があるということです」と前向きな考え方を紹介。
「何もしなければ不安は変わりません。まずは行動して情報を集め、自分に合う会社を見つけていきましょう」と学生たちを励ましました。

また「キャリアが大切と言われますが、専業主婦も立派な生き方です」と話し、自分に合った働き方や生き方を選ぶことの大切さを強調。
「自分がどんなタイプで、どんな人生を送りたいのかを知ることで、迷いも少なくなります」と語りました。
「今は企業も仕事も多様化し、一つの仕事を一生続ける時代ではなくなりました」と説明。
一方で「転職しやすい時代だからこそ、すぐに辞めるのではなく、まずは続けてみることも大切です」と助言しました。「無理をする必要はありませんが、厳しい環境で取り組んだ経験は、必ず自分の成長につながります」。

自分の頼りになるひとは?

最後に明石氏は、「人間関係を大切にすることも、キャリアを築くうえで欠かせません」と話し、自分の周りに「メンター」「モデラー」「サポーター」を持つことを勧めました。メンターは助言や励ましをくれる人、モデラーは目標となるロールモデル、サポーターはどんな時も支えてくれる存在です。
「困ったときに相談したり頼れたりする人がいることで、前向きに進んでいけます」と語りました。
また、人に好かれる要素として「明るさ」「元気」「素直さ」の大切さも伝えました。

さらに、「これからの人生で最も長い時間を過ごす場所は、職場です。だからこそ、自分に合った職場で充実して働くことが、豊かな人生につながります」と話します。
そして、「皆さんはまだ磨かれていない原石です。どう磨き、自分らしく輝くかが大切です。
ぜひ、自分らしい未来を切り開いてください」と学生たちにエールを送り、講演を締めくくりました。

信頼を築き人間関係を深めていこう

授業の最後には質疑応答が行われました。
「メンターやモデラー、サポーターはどう見つければよいですか」という質問に、明石氏は「一緒にいて楽しい、すごいと思うだけでなく、その人が自分にどんな影響を与えてくれる存在なのかを意識してみると、自然に見つかります」とアドバイスしました。

また、アルバイトで後輩指導に悩む学生から「好感度を下げずに指導するには」と質問されると「伝えるべきことはきちんと伝えることが大切です。
好感度とはいつも笑顔でいることではなく、相手を思って伝えること。信頼関係があれば、多少厳しい指摘でも相手はきちんと受け止めてくれるはずです」と答えました。

このほかにも多くの質問が寄せられ、学生たちにとって、自分らしいキャリアの築き方や人との関わり方について学ぶ貴重な機会となりました。

担当教員からのメッセージ

今年の最後のゲストとして、日本マナー・プロトコル協会理事長の明石伸子様にお越しいただきました。
「よい人間関係を築けるような人になってください。それはきっと人生の大きな“財産”になるはずです。」
「あなたが、魅力的で人から好かれる存在であって欲しいと、心より願っています。」
このメッセージは、私がこの授業を通じ、学生に伝えたかった本質でもありました。
そのような大切なことを教えて下さった明石様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

2026年7月31日

オリエンタルランド・クリエイションズを訪問し、学生がプログラムに挑戦しました。

5月25日、キャリア実践演習(担当:国文学科 深澤 晶久教授)にて、株式会社オリエンタルランド・クリエイションズ(以下、OCS)に学生が訪問しプログラムに挑戦しました。プログラムでは企業説明のほか、キャリアに関する講演や社員との座談会、代表取締役社長 向井 丈晴氏を交えたランチ会など、キャリアに関する視点を深めるほか、社内視察を交えた課題解決の施策提案を行いました。

OCSについて

OCSは〈「デザイン」を通じて世界に笑顔と幸せを届けます。〉というミッションを掲げ、オリエンタルランドとグループ会社をはじめ、さまざまなクライアントに対して、デザイン、商品、印刷物、デジタル、写真、映像セグメントのクリエイティブを提供している会社です。と紹介がありました。

次に組織図をスライドに投影しながら、各部門の説明があり、企画営業部と制作部がクリエイティブ制作事業を担当していることを紹介。さらに、「案件ごとにチームが結成され、協力してクリエイティブを提供します」と説明しました。実際にOCSが担当したデザインや商品、ツール、HP、動画などがスライドで紹介され、「自分が担当したクリエイティブの展開開始日に現地視察を行うことも。ゲストのリアクションなどを直接確認することもあります」と話しました。

続いて、リゾートオペレーション部門が担当しているフォトサービス事業の業務内容が説明されました。

部門にはさらにテーマパーク内にある各フォトロケーションでのカメラマンによる撮影からプリント、販売までを担当するグループと、ホテルにおける婚礼や宴会等での各種写真の撮影からアルバム等の構成、販売を担当するグループがあるとの紹介がありました。

OCSが、各種デザインや思い出となるコンテンツの制作など、ゲストの体験につながるクリエイティブを提供していることを学んだ学生たち。テーマリゾートの運営を支えるグループ企業の事業領域紹介を通じて、一つの商品やサービスが企業間の連携によって支えられていることを学びました。

現役社員によるキャリア講演

企画営業部の齋藤氏によるキャリア講演が行われました。齋藤氏は講演の冒頭、「講演を準備する中で、自分自身のキャリアを改めて振り返る機会になりました」と話し、自身の歩んできた道のりと、その経験を通して気づいた価値観について学生へ語りかけました。

齋藤氏は株式会社オリエンタルランド(以下OLC)にデザイン職として中途入社。その後、グループ会社への出向やOLCへの帰任を数度経験し、現在はOCSで企画・営業・デザインなど幅広い業務に携わっています。

講演は、「私は失敗しない」という言葉から始まりました。しかし、それは数多くの困難や失敗を乗り越えてきた経験から、「何とかする」「何とかなる」「やり切る」という覚悟を表す言葉であると学生へ説明しました。

キャリアスタートと経験

齋藤氏は新卒で保険会社に事務職として入社。「『就職のタイミングが来たからとりあえず働く』という感覚だった」と振り返るものの、「仕事は長く続けたいし、楽しく働きたい。“好き”を仕事にしたい」と考え、その状態に近づくべく3年で退職を決意。

『職人=かっこいい』『仕事好きな大人=かっこいい』。そして、小さい頃読んだ『ウォルト・ディズニー』の伝記から、好奇心をビジネスにしてきた、ウォルトの生き方に憧れ、ディズニーに携わりたいと考えていました。

保険会社退職後は大学で専攻した日本語教師を海外で1年経験し、その後入社した制作会社では、公的機関に出向。出向先で事務の仕事に取り組む傍ら夜間のデザインスクールでデザインの基礎を学びました。当時の経験を「海外生活では度胸が身に付き、公的機関での仕事では、人の役に立てることに大きなやりがいを感じました」と振り返りました。

その後、準社員としてOLC商品部へ入社し、2年間勤務した後、中途採用試験に合格して商品デザイングループの社員となりました。

齋藤氏は「人は誰もが、自分の人生の責任者なのです」というウォルト・ディズニーの言葉を引用しながら、OLCに入社するまでの約7年間は、自分で考え、自分の意思で道を選択しながら進んできたことを学生へ伝えました。

入社後の経験

 入社後、テーマパークの商品開発のためのデザイン素材集の作成、商品デザインや開発、監修などの他にも、テーマパーク以外で展開されるキャラクター商品の開発やマーケティングにも携わり、沢山の新規企画の立ち上げを実現してきたといいます。

「グッズのデザイン業務の中では、デッサンやイラストの制作に苦労しました」と振り返る齋藤氏。当時の経験を「やればやるほど自分の得意・不得意がわかるようになりました。できないことがあるだけ、多くの人に助けてもらいました。アドバイスをくれる先輩や、力を貸してくれる協力会社の職人さんなどの中で働く楽しさを強く感じました」と振り返りました。

また、「とんでもない業務量の時もありましたが、『やってから文句を言う』というスタンスで、やってのけました」と言いながら、同時に『数字に強いクリエイター』を目指し、ビジネススクールに通ったことも告白。「とにかく時間が足りなかったですが、適応能力が身に付きました」と笑いながら話してくれました。

その後も多様な業務を経験し、OCSへ出向したタイミングでコロナ渦に突入。ソーシャルディスタンスなど、従来とは異なる形での企画が求められる中、やったことのない技術を体験価値につなげられるかなど色々な取り組みを繰り返したことを述べ、「正解が分からない中、チームで試行錯誤しながら挑戦することが楽しかったです」と話しました。

キャリアを振り返って

さまざまな経験を経た現在、齋藤氏は「企画、営業、提案からデザインまで幅広い業務に携わっています」と話しました。そして、これまでで、本当にやってきてよかったこととして「その時できることを最大限やってきたこと」を挙げました。目の前にある仕事一つ一つに一生懸命に取り組んできた積み重ね、一見繋がりがないような経験の数々が後の自分の強みになっていきました。そして、なによりもその『一生懸命』が、ヒトとの繋がりを生み今の財産になっているといいます。

講演の終盤、齋藤氏は自身のキャリアを振り返る中で、一つの大きな気づきがあったと語りました。

「私は、ディズニーが好きだから仕事を続けられていると思っていました。でも振り返ってみると、本当に好きだったのは、人の役に立つことでした。」

仕事を通じてゲストが喜ぶことはもちろん、一緒に働く仲間が助かったり、笑顔になったりすることに、自分自身が最もやりがいを感じていたといいます。

「だから私は、ディズニーが好きというより、仕事が好きなんだと気づきました。そして、その得意分野がディズニーなので、今の仕事を心から楽しめています。」

さらに学生へ、「人生はゲームのようなもの」という考え方も紹介しました。

ゲームでは、設定変更できないキャラクターや出来事にでくわします。設定を変えられるのは、自分自身のスキルや考え方や次の行動、戦略です。

「想定外のこと、納得いかないことにでくわしたときは『そうきたか!』とだけ思ってください。『なぜ自分だけこんなめに?』とそこに躓き思い悩むのはもったいない」と学生たちに語りかけ、出来事は変えられなくても、その後どう行動するかで、その先を変えることができると説明。人生はゴールで決まるものではなく、それまでの経験や時間の全てが人生であり、そのプロセスが価値であると伝えました。

講演の最後には、「長く大人をやっていてもわからないことは沢山あります。でも、自分が今どこに向かっているのかという現在地を見失わなければ、人は必ず前へ進むことができます」と学生たちへメッセージを送りました。

フォトサービスとPBL

プログラムの後半には、現役社員から提示される課題に学生が挑戦しました。リゾートオペレーション部門の江口氏が登壇し、課題の説明が行われました。

江口氏は、テーマパーク内で提供されているフォトサービスの時間帯責任者を担当しています。「各フォトロケーションでの撮影や受付、プリント、販売など、最前線で活躍しているキャストの育成や管理、より多くのゲストに写真をお届けするための施策の立案・実行を行っています」と、日々の業務について紹介しました。

また、「最前線で活躍するキャストのモチベーションを高く保つためにはどうすればよいかなど、キャストを育成・管理するリーダーとしてのスキルも求められていると感じています」と説明。学生たちはサービス運営を支える仕事について理解を深めました。

江口氏から提示された課題は、〈より多くのゲストに写真をお届けするための施策の提案〉です。実際の業務フローが紹介された後、1日の目標など具体的な条件と、設定シーンにおける利用状況を数値化したデータが配布されました。

江口氏は特に、「サービスを提供しているキャストの行動変容によって数値向上につながる内容を提案してほしい」と学生に呼びかけました。また、「数値化されたデータを読み解き、見つけた課題から施策を考えることも一つのアプローチです」とヒントを示しました。

学生たちは3つのグループに分かれ、施策を考えるディスカッションを実施。配布資料をもとに、どの数値を改善すべきかを分析し、そのために必要な施策についてアイデアを出し合いました。

あるグループでは、提案の方向性が固まった段階で江口氏から「その価値を、キャストがどのようにゲストへ伝えられるかも考えてほしい。例えば、こんな声掛けをしてみるという方法もあります」と具体的なアドバイスを受ける場面もありました。江口氏は「最前線で体験価値を提供するキャストによってサービスは支えられています。その力をより活かす形で色々な施策を考えてください。」と話し、時間帯責任者としてサービス運営に携わる立場ならではの視点で学生に助言を送りました。

ディスカッション後は各グループが施策を発表。「案内文章にわくわく感を持たせたい」といった利用者視点からオペレーション改善を提案するグループや、ニーズを分析し、その要素を案内文章へ反映する施策を提案するグループ、利用者への説明を充実させることで、サービスの魅力をより効果的に伝える施策を考案したグループなど、多様なアイデアが発表されました。

また、「今考えていただいた施策は、『撮影体験』というパーク内での体験価値を、より多く提供することにつながるものです。そして、その体験は思い出をカタチとして残していただくことにもつながります」と述べ、今回の課題解決提案がどのような価値を生み出すのかを説明しました。

さらに、「みなさんが考えた施策を実際に形にするのは、最前線で活躍するキャストです。キャストに施策の価値をどう伝えるか、また、実行に向けたモチベーションをどのように高めていくかなど、日々、複数の要素を考えながら進めることが求められます。」と話し、業務における難しさとやりがいを学生に伝えました。

学生は、時間帯責任者の視点で課題に取り組むことで、サービスを支える多様な業務と、実際の業務で求められている広い視点について理解を深めました。

学生はキャリア講演や課題に挑戦することを通じて、社会人として求められる仕事への姿勢やより広い視野について理解を深めました。

講演や課題以外にもこんなことを行いました

お昼の時間には、代表取締役社長 向井 丈晴氏を交えてランチ会が開催されました。学生と同じテーブルに社員の皆さんも着席。学生は、社員の方に直接質問をしながらリラックスした様子で昼食を楽しみました。逆に社員から学生への質問もあり、双方の意見交換の場としても盛り上がりました。

また、講演や課題のワークのほかに、社員と学生の座談会も開催されました。座談会では齋藤氏のほかに企画営業部から太田氏、和田氏、池﨑氏が参加。学生一人一人から寄せられた質問に、4人それぞれから回答されました。座談会での質問を一部抜粋し、掲載いたします。

Q一番大変だった仕事は?

池﨑氏「商品を作る工場とやり取りをしながら納品までのスケジュール管理を行ったことです。海外の方と話すこともあり、意思疎通や意識の統一に難しさを感じました」

和田氏「映画と連動したイベント企画の担当をしたことです。複数の制作物を同時並行で進捗管理を行わなくてはならず、大変でした」

太田氏「ECサイトを立ち上げたことです。ウェブに関するノウハウがない中で構築しなくてはならず、分からないことの範囲が広い点が大変でしたが、それが良い経験になり今に繋がっています。」

齋藤氏「企画が進んでいた商品を、予定していた日に納品することが難しいとの連絡が来たことです。関係者と協議し対応することで、何とか商品販売までこぎつけました。他にも大変なことはいろいろありますが、このようにエピソードにもなりますし、何とかなります。恐れるものではないです」

Q.好きなことを職にするためにどうしたか

池﨑氏「今好きを仕事にしていることは、タイミングと憧れが重なった結果だったと思います。これまでつらいこともありましたが、『食べることが好き』という一つの好きがあったからこそ頑張れたと思っています。一つの好きからつながっていろんな好きが増えたので、なにかひとつ見つけることが大切なのかなと思っています」

太田氏「好きを職にする入社きっかけではなかったですが、代わりに『負けず嫌い』でやり抜いてきたなと思っています。できたことが自信につながり、乗り越えた分できることも増えました。このような経験が仕事の楽しさにつながっていると思います」

和田氏「好きなことを職にする、という目標を諦めなかったことが一番大きかったと思います。それが今の仕事につながっていると感じています。」

齋藤氏「考え方として私がよく言うのは『好き』になる必要はなく『プロ』になれ。何事も極めると仕事が楽しくなります。ただもともと『好き』だった業界に行くことは続けるモチベーションになりますね。」

担当教員のコメント

文学部キャリア科目群の一つとして、今年(2026年)開講したキャリア実践演習では、
オリエンタルランドクリエイションズ様に大変お世話になりました。
向井社長や前山部長にご尽力いただき、素晴らしいプログラムを
企画いただき、当日は、多くの社員の方のお力添えもいただきました。
オリエンタルランドグルーブを支える大きな柱として存在する
オリエンタルランドクリエイションズ様での至れり尽くせりのプログラムは、
学生にとってもとても意義深く印象に残る一日となりました。
普段はゲストとして眺めていた風景をキャストの側から学ぶという貴重な
体験をさせていただくことが出来ました。
なぜ、いつも笑顔で満たされているのか、深い視点での研鑽を積めたたことに
心から感謝いたします。
改めて貴重な経験をさせていただいた向井社長、前山部長をはじめとする
オリエンタルランドクリエイションズ様の社員の皆さまに御礼申し上げます。

2026年6月15日

金融業界をもっと身近に!三菱UFJモルガン・スタンレー証券とのコラボ授業が実施されました。

5月1日、キャリア実践演習(担当:国文学科 深澤 晶久教授)にて、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社から飯村隆太氏と髙橋真一氏をゲストにお招きし、金融業界について学ぶコラボ授業が行われました。学生たちは、物々交換とお金を使った売買の両方を体験できるオリジナルゲームや講演を通してお金が持つ価値や役割について学びました。

授業と連携企業について

キャリア実践演習は、文学部3年生以上の学年を対象とした共通教育科目です。ゲストとして登壇する企業について主体的な事前調査を行い、企業のプログラムに挑戦します。

今回の授業では、手と頭を動かす体験型の講義を通じて金融業界の役割やお金に関する基本的な知識を身に付けました。

飯村氏は「金融業界と聞くとあまりなじみがないかもしれませんが、この授業を通じて少しでも身近に、そして就職活動の選択肢の一つになればいいなと思っています」と話し、講義がスタートしました。

お金の役割を体験しよう!物々交換ゲーム

講義では早速、飯村氏考案のオリジナル物々交換ゲームが行われました

ゲームは、食材カードを使って料理を完成させることが目標です。学生たちは班ごとに配られた手札を確認し、どの料理を作るか話し合いました。作戦会議では、「あと何の材料があれば完成するか」を考えながら、必要な食材の洗い出しを進める班の姿も見られました。

その後の交換タイムでは、学生同士による食材カードの交渉がスタート。少人数のグループに分かれ、それぞれが希望する食材を求めて交渉を行いました。スムーズに交換が成立する場面もあれば、「一旦保留で」と交渉を持ち帰る場面もあり、各班が試行錯誤しながらゲームに取り組んでいました。

交換終了後には、手元の食材カードを使って完成した料理を発表。すべてのカードを活用できた班もあれば、一部の食材を余らせてしまった班もありました。

飯村氏は「残った食材は腐ってしまいます。腐ってしまった食材は捨てるしかありません」と説明。料理に活用できなかった食材は価値を失ってしまうことを学生に伝えました。

お金の導入!第2フェーズ

続いてゲームの第2フェーズでは、「お金」の概念が導入されました。注文シートと特設カウンターが設けられ、学生たちは食材カードを売買できるようになります。学生たちは配られた食材カードを確認しながら、「この料理が作れそう」「これは売却しよう」などと相談し、売買を前提とした新たな作戦を立てていました。

ゲームが始まると、不要な食材カードを売却して資金を確保し、そのお金で必要な食材カードを購入する学生たちの姿が見られました。予算ぴったりで購入する班もあれば、余裕を持って資金を残す班もあり、各班がそれぞれの戦略でゲームを進めていました。また、購入後に改めて手札を見直し、再び売買に向かう班や、一度売却した食材を買い戻す班も見られました。

ゲーム終了後、学生からは「お金を活用することで、いらないものを手放してほしいものを手に入れることができました。交渉も『ほしいもの』同士で行わなくてよいので楽でした」「売買リストが事前に共有されていたため、作戦が立てやすかったです」といった感想が聞かれました。

飯村氏は「お金に変えることで価値を腐らせることなく手元に置いておくことができます。食材と比べると、価値が落ちるスピードははるかに遅いです」と説明。ゲームを通して、物々交換と比較した際のお金の利便性や役割について解説しました。

学生たちは2つのフェーズを通して、物々交換とお金を用いた取引の違いを体験的に学びました。 ゲームの後にはお金の歴史や、その仕組みを支える金融業界について解説が行われました。

お金の歴史

飯村氏は「お金って考えてみると意外と深いもので、お客様とお話しているときも盛り上がったりします。これからお話しする内容も、実際にお客様にお話している内容です」と述べ、お金の成り立ちについて紹介しました。

かつては金そのものが価値を持つものとして物品の交換に使用されていましたが、紀元前7世紀頃になると、金属を用いた貨幣が登場。その後、11世紀頃には金と交換できる「引換券」として紙幣が誕生し、17世紀頃に紙幣が広く定着したと説明しました。

続いて紙幣と信用の関係性について解説がありました。

飯村氏は紙幣の成り立ちについて「もともとは金と引き換えることができる引換券」と表現し、現在の日本の1万円札が約25円で製造できることを紹介。「紙幣は製造コストだけを見るとお札の価値は数十円程度ですが、社会全体がその価値を『1万円』だと信じて認めているため、紙幣として買い物に使用できる」と、紙幣そのものの価値と、社会の中で認められている価値は異なることを説明しました。

この、社会の中で認められている価値を〈信用〉と呼び、クレジットカードやキャッシュレス決済も〈信用〉を活用したお金の形の変化だと話しました。

金融業界の役割

飯村氏は「金融業界は、お金を『集める・貸す・増やす・守る』ことをしています」と説明し、「『集める・貸す』は銀行、『増やす』は証券、『守る』は保険が担っています」とそれぞれの役割を紹介しました。

銀行は利用者から預かったお金を住宅購入者や企業などに貸し出すことで経済を支え、証券は株式や投資信託などへの投資を通じて資産形成や経済の活性化に貢献しています。また、保険は多くの人がお金を出し合い、事故や災害などで大きな損失を受けた人を支えることで、安心を提供する仕組みであると説明しました。

学生たちは、金融業界という一言でまとめられる業界の中にも、それぞれ異なる役割があることを学びました。

金融業界のやりがい

飯村氏は「新卒で商社に入社したのち、外資系銀行を経験して現職となっています。現在はお客様の資産運用のお手伝いが業務の中心です」と自身の経歴を紹介しました。

また、仕事を通じて得られたものとして、「お客様としてさまざまな方とお会いできることがおもしろいです。また、マネーリテラシーが身に付き、結婚や学費など自身のライフプランニングにも役立っています。周囲にも相談しやすい環境があります」と説明。さらに、「外資系企業も多い業界のため、転職を含めたキャリア形成がしやすい点も魅力です」と話しました。

学生たちは、物々交換ゲームや飯村氏の講演を通して、お金の仕組みや金融業界について理解を深めました。

担当教員からのメッセージ

本年から開講のキャリア実践演習については、金融、
エンタテインメント、ヘルスケアの3社のご支援をいただき
文学部キャリア科目群の3年生向け科目としてスタートしました。

その冒頭にお願いしたのが、金融リテラシー講座です。
キャリアを考える上で、決して外せないのがファイナンシャルプランニング
であると考え、三菱UFJモルガン・スタンレー証券様にご協力をお願いしました。

金融リテラシーと聞くと、難しいイメージがありましたが、ゲーム方式を
取り入りていただき、学生は、とても楽しく、「マネーの基礎」について学ばせて
いただきました。こうした知識を知っておくかどうかは、彼女たちの将来に
大きく影響することと思います。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。

2026年6月1日

これからの女性のリーダーシップの秘訣は女子大!?「キャリア・ショーケース」の授業でSBI金融経済研究所の理事長が講演を行いました

5月14日に、共通教育科目「キャリア・ショーケース」 (担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、SBI金融経済研究所株式会社の取締役理事長である政井貴子氏による、特別講演が行われました。女性活躍が求められる時代、どうキャリアを重ねていくかを、自身の半生を振り返りながら話してくださいました。

キャリアは長い目で見て考えよう

政井氏は本学の英文学科卒のOG。
「女子大って必ずしもポジティブな評価がされていない印象です。これはひとえに女子大の良さを知らない男性が書いているからだと思います」と笑いを交えながらコメント。
「今日は私が考える、女子校で育まれるリーダーシップについてお話したい」と、講演を始められました。

「そもそも私は経営者になることを目指していたわけではなく、学生の頃はやりたいことも決まっていませんでした」と話し始めました。
「キャリアなんて最初から決まっていないし、そのまま進むものでもない。ではどうするかと言えば一つずつ積み上げていくしかないんです」と、30~40年の長い目でキャリアを考えることの大事さを伝えました。
「人生は長いので、豊かに暮らすには選択肢が多い方が良い。選択肢を広げるためには経済力を持つことも大事。そのために、自分にフィットした働き方を選べるように考えていきましょう」と語りました。

ただ日本は、経済活動や政治参加の面ではまだまだ男女差があるのが現状。家事や育児、介護など仕事以外にやらなくてはいけないことを抱えている女性は多いです。
アンケートでも、女性は男性をサポートすべきという考えの人が、若い世代でも多いという結果が出ています。
政井氏は「社会に出ると、腹落ちできないできごとに出くわすことがあると思います」と、心構えを話されました。

その都度悩みながら自分の可能性を広げていく

続いて、写真を交えながらこれまでの歩みを紹介。
卒業後は外資系金融機関に就職し、「多様な価値観や背景を持つ人たちと働いた経験は大きな刺激になった」と振り返ります。
その後、日本企業の金融機関へ転職。日本銀行の役員として日本経済全体を見据えた金融政策にも携わりました。
さらに5年前にはSBI金融経済研究所の立ち上げに関わり、現在に至ります。

一見順調なキャリアに見えますが、「当時はその都度悩んでいた」と政井氏。
仕事を辞めようと考えたことや、別の仕事への誘いに迷ったこともあったそうです。「振り返ると一本の筋が通っているように見えるだけで、その時々で選択してきた結果が今につながっている」と語りました。

進路を選ぶ際に大切にしていたのは、「自分の可能性が広がるかどうか」。そのときできることを軸に、少しずつ挑戦の幅を広げてきたと言います。
「就職でも給料など目先の条件だけで決めるのではなく、長い視点で自分の軸を作っていってほしい」と学生たちにメッセージを送りました。

女子校で育むリーダーシップとは?

政井氏は、「社会に出て感じるのは、女子校出身者にはリーダーとして活躍している人が多いこと」と話しました。
共学ではリーダー役を男性が担う場面も多い一方、女子校では女性が中心となってまとめ役を経験する機会が多いことが理由ではないかと語ります。
また、「リーダーとは、ただ前に立って引っ張る人ではありません。さまざまな人の話を聞き自分の考えを伝え、周囲を巻き込める人です」と説明。
「女子同士の意見をまとめるのは難しいんですよ。学生時代からその経験ができるのは、とても貴重なこと」と笑いを交えて話しました。

さらに、多くの人を巻き込み行動した女性の例として、本学の学祖である下田歌子についても紹介。
当時は女性が自由に決定権を持ちにくい時代でしたが、「女性も能力を発揮できる」と信じ学校を設立した行動力に、管理職になってから改めてその偉大さを実感したそうです。
政井氏は、「その学校にいる皆さんも、キャリアを築くことだけを目的にするのではなく、自分自身が充実した人生だったと思える生き方をしてほしい」と学生たちへエールを送りました。

男性社会を、女性はどう変えていける?

講演後は班ごとに意見交換を行い、その後、政井氏への質疑応答の時間が設けられました。
「社会に出て男女差を感じた経験は何でしたか」という質問に対し、政井氏は営業時代のエピソードを紹介。
「大きな取引先は男性社員が担当し、自分は小規模な会社ばかり任されていました。努力して大きな契約を取っても、担当を男性に替えられてしまった」と振り返りました。
「40年前の話なので変わっているかもしれないけれど、古い体質の企業には今も残っているかもしれません」と学生たちへ伝えました。

また、「少子化対策と女性活躍は両立できると思いますか」という質問には、「とても本質的な問いですね」と応じ、「女性が活躍すると子どもを持たなくなる、というのは男性側の発想ではないでしょうか」と指摘。
自身には子どもはいないものの、周囲には子育てをしながら働く女性も多く、海外では子どもを育てながら活躍する女性CEOも珍しくないと語りました。
さらに、「日本はどれだけ長く会社にいるかで評価されやすい。家事や育児で長時間働けない女性は、出世しにくいという空気が(未だ一部に)残っているように思います」と現状を説明。
「外資系ではすでに始まっていますが、時間や場所ではなく、その人ベースで評価する考え方へもっと変わっていく必要があるのだと思います」と話しました。

本学卒業生であり、女性リーダーのロールモデルでもある政井氏の講演は、学生たちにとって大きな刺激となる貴重な機会となりました。

担当教員からのメッセージ

政井様には、この授業に初回からご登壇いただいています。また、本学の卒業生ということもあり、学生との距離感が近いという印象を受けています。
一方、政井様のキャリアは特筆すべきものがあり、金融業界で、中央銀行、国内系、外資系とあらゆる組織でキャリアを積み重ねられた方は、なかなか存在しない、とても貴重なロールモデルであると思います。
今までは比較的遠い存在であった金融のフィールドでしたが、今の学生の今後のキャリア形成を考えた時、一人ひとりがみずから資産設計することが求められることになります。
政井様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

2026年5月20日

自身が生かされている意味とは?「キャリア・ショーケース」の授業で元スターバックスCEOによる「ミッション」についての講義が行われました。

4月23日に「キャリア・ショーケース」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で元スターバックスコーヒージャパンCEOであり、株式会社リーダーシップコンサルティング代表の岩田松雄氏の特別講演が行われました。自らの半生を通し、「ミッション」を自覚することの大切さを学生たちに伝えてくださいました。

自分はなぜ「生かされている」?

この授業では学生が進行を担当します。CUBEと呼ばれる各班に分かれ自ら考え行動する力を養います。
まず語られたのは「生きていることの不思議」。宇宙の誕生や地球の形成、そこから生命が生まれ人間へと進化してきた流れは、すべて偶然の積み重ねです。その視点から岩田氏は「生きているというより、(何か大きな力に)生かされていると感じる」と話します。

では、なぜ自分は生かされているのか。岩田氏は「人それぞれにミッションがあるから」と説明します。
ミッションとは「存在理由」のこと。ミッションには、自分自身の役割を考える「個人のミッション」と、会社が存在する意味を考える「企業のミッション」があります。授業ではこの2つを軸に、自分の生き方や将来について考えていきます。

AI時代に必要な学びの本質とは

AIの進化によって、多くのことが簡単に答えを得られる時代になりました。では、なぜ大学で学ぶ必要があるのでしょうか。

岩田氏はその理由を「視座を高める、視野を広げる、視点を鍛えるため」と説明します。自分とは異なる立場で物事を考え、興味のある分野だけでなく幅広く知識を得ること。「それによってイノベーション(変革)が起こりやすくなる」と話しました。そして得た情報をどう受け止めるかを考える力(視点)こそが重要だといいます。「卒業のためではなく、自分の土台をつくるために学び続けることが大切」と学生に伝えました。

また、変化の激しい時代だからこそ「不易流行」という考え方が必要だと強調します。
岩田氏は「これは、変わらない本質(哲学)を大切にしながら、新しいもの(科学技術)も柔軟に取り入れるという考え方です。科学技術は加速度的に進歩しているが、人間の本質は何千年も変わっていないということ。今日お話しするミッションの大切さはいつの時代も変わらない。
AIが答えを出してくれる時代だからこそ、人間に求められるのは「問う力」です。」と話し、常識を疑い、問題意識を持ち、自分で問いを立てるためにも、学び続ける姿勢が大切だと語られました。

AIが答えを出してくれる時代だからこそ、人間に求められるのは「問う力」です。問題意識を持ち、自分で問いを立てるためにも、学び続ける姿勢が大切だと語られました。

自分のミッションを見つけよう

岩田氏は、自身がミッションに気づいた経験を語りました。

「新卒で日産自動車株式会社に入社し、新入社員あいさつで『社長を目指す』と宣言し、先輩方から失笑をかった。
しかし当時は社長の仕事は何も分からなかったが、高い目標が必要だと考えたからだといいます。ふと自社の企業理念を先輩達に尋ねても答えは得られませんでした。若い時から経営理念や社長に関心を持っていました。」

「経営に興味を持ったきっかけは、二つのハンバーガー店での気づき。
同じ業種でも、楽しそうに働く店とそうでない店があることに疑問を持ち、経営に興味を持つようになります。そこでビジネススクールに進み、経営を学びました。経営学の授業では『会社=利益を追うもの(株主価値の最大化)』と教えられましたが、腑に落ちませんでした。」

「その後、株式会社アトラスの社長に就任。
最初は社長就任挨拶で『株主価値の最大化が大切』と言っても社員には通じませんでした。その後ザ・ボディショップの社長をしている時に『企業は世の中を良くするためにある』と言う考えに至りました。ザ・ボディショップは、化粧品会社ですが、環境問題や人権問題に取り組む創業者のアニータ・ロディックの考えに共感しました。」

岩田氏は「企業は利益のためだけにあるのではない。世の中をよくするというミッションを実現する手段として利益が必要」と強調します。
社会をより良くするために企業が存在するという考えに至ったプロセスは、これから進路を考える学生にとって大きなヒントとなる内容でした。

ミッションをもつことで働き方は変わる

なぜ企業にもミッションが必要なのでしょうか。
岩田氏は「共通のゴールを持てるから」と説明します。会社にはさまざまな価値観を持つ人が集まるため、同じ方向を目指すための軸が欠かせません。
また、ミッションに共感した人が集まることで、組織としての一体感も生まれます。実際に岩田氏自身もスターバックスの理念に共鳴し、長い採用プロセスを経てスターバックスの社長に就任しました。

では個人のミッションはどう見つけるのか。
ヒントは「情熱を持てること」「世界一になれること」「経済的原動力になること」の重なりを探すこと。
つまり「好きで、得意で、人のためになること」です。「人にためになる」からその対価としてお金をいただけます。
岩田氏は「ミッションはすぐに見つかるものではなく、また成長とともに進化させてもいい」と語ります。大切なのは、自分がなぜ生かされているのかを考え続けること。
「働くとは、傍(はた)を楽にすること。自分の仕事が社会にどう役立つかを意識してほしいと思います」と講演を締めくくられました。

ミッションをどう見つけ、どう向き合う?

講演後は各グループで学びを共有し、質疑応答が行われました。


サークルでリーダーを務める学生からは「友人の関係性を越えて、組織の挑戦意欲を高めるにはどうすればよいか」と質問があり、岩田氏は「リーダーとは役割。自分のためではなく、チームのために何ができるかを考える“無私の心”が大切。だから時には厳しいことも言うべき」と答えました。
また、「好きで得意なことが人のためになっているか自信がない」という声には、「人に感謝されたり褒められたりすることは、すでに誰かの役に立っている証拠。まずは好きなもの得意なものをつきつめていきましょう」とアドバイス。

さらに就職の失敗への不安については「もし落ちても、相手の見る目がないなと思って、ご縁があるところで頑張ればいい」と笑いも交えつつ回答。
「就活面接で御社のミッションやビジョンに共鳴して~というのはだいたいの学生が言います。ただそれは相手起点で話している。自分起点で、自分はこういうミッションを持っていてこういう事をしたい、御社だったらそれが出来ると思った」と伝えれば良い。
学生にとって、自分の軸はなにかを考える大切さに気づく機会となりました。

担当教員からのメッセージ

岩田様には、本学客員教授として、この科目のみならず本学の多くの科目でご講演、ご指導をいただいています。
「ミッション」については、多くの学生の中に浸透しており、キャリア形成を考える上での軸となっており、学内の様々な活動は勿論、就活の際の「自分の強み」を考える上でも貴重な示唆をいただいています。
さらに社会人となってからも、生き方の支えにもなっています。
企業が社会で活動する意味、個人が社会で生きていく意味、まさにキャリアの本質に
迫る内容は、学生の大きな気づき、そして学びに繋がっていることを感じます。
改めて、この場を借りて、岩田様に心からお祈り申し上げたいと思います。

2026年2月26日

音声メディアのリアル!キャリア・オープン講座の授業で、放送作家の高山佑子氏の特別講演が行われました。

2025年11月11日(火)キャリア・オープン講座(担当:文学部英文学科 鹿島千穂専任講師)にて、放送作家の高山佑子氏をお招きし、メディアを仕事にする女性から見た「リアルな音声メディア業界」についてご講演いただきました。

授業と企業連携について

「キャリア・オープン講座」は、文学部の学生を対象とした文学部キャリア科目です。学生は、「メディア」と「ことば」をキーワードにした講義と実践を通じ、キャリアを拓く力として必要不可欠なコミュニケーション能力を培っていきます。学生は講義を通じてメディアとそこで働く人たちがどのような方法で情報と言葉に向き合っているか理解を深め、授業の後半で行われるディベートの実践によって、論理的思考力や発信力を身に着けていきます。

今回の授業では、特別講演として放送作家の高山佑子氏が登壇。「メディアを仕事にする女性」としての経験を中心に、放送作家の業務についての説明と家庭と仕事の両立についてご講演いただきました。

キャリアの歩み

高山氏は自身のキャリアについて、「番組制作会社のAD(アシスタントディレクター)から始まりました」と紹介し、「TBSラジオを中心に、さまざまな番組制作を担当していました」と振り返りました。

その後、夫の九州転勤をきっかけに一度退職し、引っ越し先では子育てを中心にしながらWebライターとしての仕事を経験。再び夫の転勤で東京に戻った際、「番組制作時代にお世話になった方の紹介で、作家事務所に所属することになりました」と述べ、放送作家として再出発した経緯を語りました。

続いて、現在担当している番組と、これまで制作に携わってきたラジオ番組について紹介があり、一覧には学生にも馴染みのある番組名も並びました。中には学生が「両親が番組のファンで、私も聞いたことがあります」というものも。

「この番組には立ち上げ担当として参加し、初代ディレクターを務めました」「これはニュース番組の原稿を書く仕事です」「ドラマのポッドキャストの仕事にも携わりました」とそれぞれ説明し、多様な番組に携わってきたことを紹介しました。

放送作家のお仕事について

高山氏は放送作家の仕事について、「番組の中身を面白おかしくするためにアイディアを出すアイディアマン」であると説明し、放送作家には特定の決まりや資格がないこと、アイディアを出す過程で原稿や台本を書くこともあるが必ず行うわけではないことなど、業界外からは分かりにくい側面を紹介しました。また、働き方についても触れ、「放送作家はフリーランスの働き方が一般的で、企業に勤めるサラリーマンとは異なり、収入や仕事量は案件によって変わります。」と述べました。

続いて、現在担当している番組の映画紹介コーナーを例に、実際の業務内容を「放送前日までにやること」「放送当日にやること」「放送後にやること」「放送以外の日にやること」の4つに分けて説明されました。

放送前日までの業務では、「出演者との打ち合わせ」と「台本の制作」を挙げ、打ち合わせでは出演者が紹介する映画の名称や話したい内容を聞き出してメモに残すと説明。コーナーで扱う映画の配給会社への連絡など、細かな作業も一人で担当していると述べました。その後、打ち合わせ内容を整理し台本を執筆します。「台本は外せない要素を言語化したもので、すべての内容を書き込むわけではありません。この言葉を必ず言ってほしい、こういう流れで進むとおもしろい、といった構成を考えます。台本は生放送や収録の際に出演者の手元に置かれ、それをベースにゲストの方々と面白おかしく話を進めてもらいます」と説明し、「25分のコーナーの場合、A4用紙の縦書きで5~6枚程度を書きます」と具体的なボリュームも紹介しました。

放送当日は、「出演者と同じ机に座ってあらゆるサポートを行います」と役割を紹介。言い忘れや言い間違いをメモに取り、後から補足できるよう準備するほか、収録ブース外の音声スタッフなど技術陣とのやりとり・調整も担うと説明しました。また、「放送後はゲスト出演者へお礼のメール、出演者への来週の内容提案、映画配給会社への事後連絡のほか、細かい事務作業を行っています」と述べました。

放送日以外は、打ち合わせで話題に上がった映画の視聴や関連情報の調査を行うとのことで、担当コーナーに関する分野を深く調べることも業務のひとつであると紹介しました。

音声メディアの今

高山氏は、ラジオが直面している「聴取者の減少」という厳しい現実に触れつつも、「メディアミックスに成功してV字回復している番組もあります。東京ドームでイベントが開催されるなど、売り上げや反響の規模はこれまででは考えられないほどです」と述べ、ラジオにはまだ大きな可能性があることに言及しました。

また、音声だけのメディアには、得られる情報量が少ないからこそ聞き手の印象に残りやすい特性があると説明。コンテンツを継続的に聴取したり、過去の放送を繰り返し聞く“コアなファン”が多いことも特徴であると話しました。さらに、動画やSNSにはない「余白」が聞き手の想像力をかき立てる点にも触れ、「受け取り手が頭の中で情報を補うため、『一番きれいな海を見ることができるコンテンツがラジオ』と言われることもあります」と紹介しました。

加えて、ポッドキャスト(インターネット上に投稿される音声のみのメディア)についても、「盛り上がっているメディア」として紹介しました。音楽配信アプリなどを通じて気軽に聴取できる点を挙げ、「日本ではリスナーはまだ多くないものの、世界的にはポッドキャスト人口が増加している」と述べ、注目度の高まりを説明。特にアメリカでは6億人を超えるとも言われ、日本でも今後成長が期待される「ぜひ注目してほしい」コンテンツであるとまとめました。

メディア業界への就業と女性

高山氏は、「大手のマスメディアへの就職は、ご存じの通り相当難しいです。本気で目指すなら相応の準備が必要で、狭き門であることを覚悟したうえで就職活動を行う必要があります」と述べました。ご自身も大学時代にマスコミ研究室に所属し、メディアに就職した先輩たちからの指導を受けながら大手メディアへの就職を目指していたものの縁がなく、制作会社に就職したことを紹介。その中でもよかったこととして、制作会社で経験を積む中で「大手メディアと比べて業務の幅が制作に限定されているからこそ、一つのやりたい仕事に専念できた点が良かった」と説明しました。また、「これは業界を問わずどの会社にも言えることですが、入社後に必ず希望部署へ配属されるとは限りません。配属されたとしても、そこに至るまでに相当な年数がかかる場合もあります」と述べ、幅広いジャンルを扱う企業ほど入社前後のギャップが大きくなる可能性に言及しました。

続いて高山氏は、メディア業界で働いた自身の肌感覚として「正直、とても昭和的な部分もあります」と率直に語りました。制作ディレクター職から放送作家として再就職するまでの約12年間、業界を離れていた間に、パワーハラスメント・モラルハラスメントをめぐる問題が表面化するなど、「職場環境は大きく改善された」と感じた一方で、「女性が長く働き続けるには、まだ課題もあります」とも述べました。企業の管理職、特に部長やプロデューサーといったポジションに女性が少ない現状にも触れ、「制度上の背景もあるとは思いますが、企業の中核を担う部門で活躍する女性は、まだ多いとはいえない印象があります」と語りました。

最後に高山氏は、「私が皆さんの年代だった頃と比べると、働く環境は確実に良い方向に変化しています。これからさらに改善していくのではと期待しています」と述べ、講演を締めくくりました。

質疑応答

講演の後半では質疑応答の時間が設けられました。「なんでも聞いてください。なんでも答えます」と積極的に促す高山氏の言葉に後押しされ、学生たちから次々と質問が寄せられました。高山氏は、その一つひとつに丁寧に答えていきました。

家庭と仕事をどう両立している?

学生からの質問に対し、高山氏は「女性はできる限り仕事を続けたほうがよいと思います」と自身の考えを述べました。一方で、仕事と家庭の両立の大変さについても率直に語りました。

現在、小学生から高校生まで3人のお子さんを育てており、夫の出張が多いことから「ほとんど単身赴任のような状況です」と家庭の様子を紹介。そのうえで、「両立できているのは、放送作家というフリーランスの働き方だからこそ」と説明しました。仕事量やスケジュールを自分で調整できることが、大きな支えになっているといいます。

また、「家事や子育てをともに担ってくれるパートナーの理解は欠かせません。それでも大変なことは多く、毎日慌ただしいです」と、働く女性としての実感も語りました。

やったことのないジャンルの番組を担当するときは?

この質問に対し、高山氏は、かつて一度も経験のなかったゴルフ情報サイトを担当した際のエピソードを紹介しました。「ゴルフは完全未経験だったので、とにかく勉強を頑張りました。調べていく中で、選手が多くSNSを活用していることを知り、ゴルフ専用のアカウントを作って関連アカウントをひたすらフォロー。流れてくる投稿やニュースを毎日チェックし、そこからニュース化していました」と具体的なリサーチ方法を説明。

さらに学習のためにゴルフスクールにも通い、「初心者であることを企画に生かし、『初心者がスクールに通ってどう成長するか』という企画を提案したところ、採用されました」と、未経験を強みに変えた経験も共有しました。最後に「興味のないジャンルを担当することはよくあります。だからこそ、何事も好奇心を持って臨むことが大切です」と締めくくりました。

女性として働く中で、壁を感じた経験はありますか?

高山氏は「たくさんあります」と前置きし、「AD時代に立ち上げから関わっていた芸人さんの番組を外れたことがあります」と具体例を紹介しました。

当時担当していたラジオ番組は内容がかなり踏み込んだもので、現在とは制作環境も異なっていたといいます。そのため、別の先輩が担当を引き継ぐことになり、結果として担当が変更になったと説明しました。「理由の一つに“女性だから”という説明があり、当時はそうした判断が受け入れられる空気もありました」と振り返ります。

この経験を通して、「女性としてどの分野で力を発揮していくのかを考えるようになった」と語りました。

一番苦戦し、挫折しそうになった仕事は?

学生からの質問に、「考えたこともなかった!」と一つ一つの企画に向き合い続けてきたことを表す一言を返した高山氏。

「メンタル的につらいことは何とか乗り越えてきました」と前置きしたうえで、紹介したことがニュースデスクの夜勤の仕事でした。ニュースデスクは、常に新しい情報が入ってくるニュースを取捨選択し、定時放送の規定時間内に収まるよう原稿にまとめる役割です。更新され続ける情報を読み、放送に間に合わせて文章を構成する必要があります。夜勤は夕方16時から翌朝10時までの勤務で、「特につらかったのは速報対応です」と説明しました。速報とは、地震や大きな事件などが発生した際に通常の放送を中断して流す臨時ニュースのことです。「自分が書いた原稿を自分で読む場合もあり、通常業務の時間が圧迫されてしまうんです」と苦労を語り、「それでも放送時間に原稿を必ず間に合わせなければならないし、担当者は一人なので全て自分で判断する必要がある。責任感と緊張感が大きく、寝る時間が用意されていても寝れませんでした」と振り返りました。

放送作家をやっていてよかったことは?

高山氏は「いろんな人と仕事ができること」と答えました。役者、女優、芸人、政治家、スポーツ選手、評論家、料理家、インフルエンサーなど、多様な職業の人と関われる点を「この仕事ならではの魅力」と紹介。また、やりがいを感じる瞬間として「自分が関わった番組や企画にリアクションが返ってくること」を挙げ、「『届いている』と実感できたとき、本当に幸せを感じます」と話しました。

授業の最後に

高山氏は、ポッドキャストについて、書籍を紹介しながら「本当に注目度が高いメディアです」と述べ、学生に「メディアに興味があるならぜひ自分で取り組んでみてください」とエールを送りました。また、TBSラジオの番組表を配布し、「ラジコ(スマートフォンでラジオを聴けるアプリ)をダウンロードして、実際に番組を聴いてみてください」と呼びかけ、関心を具体的な行動へとつなげるメッセージを伝えました。

今回の講演は、学生にとって「音声メディアの今」と「情報を集め言葉にする仕事」について一歩進んだ理解を得る、貴重な機会となりました。

担当教員からのメッセージ

本科目は「メディア」と「ことば」をキーワードに、キャリア開拓に必要なコミュニケーション能⼒の向上を目指す授業です。新聞、ラジオ、テレビといったマス・メディアに⽬を向け、理解を深めてもらうために、放送作家として第一線で活躍されている高山様をお迎えしました。

当初、「放送作家」が番組制作においてどのような役割を果たす職業なのか、あまりピンときていなかった学生たちでしたが、制作現場の熱量が伝わってくる刺激的なお話を聞き、質疑応答では全ての受講生から質問が出るほど、興味を惹かれたようでした。また、仕事と子育てを両立しながら、ライフスタイルに合わせて働き方を柔軟に変えてきた高山様のキャリア開拓のあり方も、働く女性のロールモデルとして参考になったようでした。

メディアで「ことば」を生業としている方の実体験をうかがうとともに、女性のキャリア形成について考える貴重な機会となりました。