7月1日(火)に「English for Linguistic Studies I a」(担当:文学部英文学科 柳田 亮吾 専任講師)の授業で、JALの吉村真紀氏をお招きし、日常的に海外の方と関わる航空関係の職場で行われるコミュニケーションについて、講演していただきました。この科目は英文学科の専門教育科目で、学生たちは異文化間のコミュニケーションのスタイルについて学んでいます。

吉村氏は「地球320周分、月まで往復16回分飛行機に乗っている」現役の客室乗務員。客室責任者の経験をもとに、大学などで講演を行っています。
アサーティブコミュニケーションって?
吉村氏は初めに、「アサーティブコミュニケーション」を紹介しました。アサーティブコミュニケーションは「自分の意見や気持ちを正直に素直に伝えながら、相手の立場や感情を尊重するコミュニケーションの方法」で、「多様性、心理的安全性、自分を大切にすること、信頼関係の構築につながる」ものと説明。そしてこれらはハラスメントの防止につながるといいます。
具体的な手法として「Iメッセージ」と「DESC法」を紹介しました。Iメッセージは「私を主語にして伝え、相手を攻撃せず率直に本音を伝える」方法で、例えば貸したものが返ってこないときに「あなたっていつもそうだよね」ではなく「返ってこないと私が心配になるな」と伝える例です。DESC法は、Describe(描写)、Explain(表現)、Specify(提案)、Choose(選択)の頭文字で、事実を客観的に伝え、自分の気持ちを表現し、具体的な改善案を提案し、結果を伝える方法です。

学生たちはミニワークで実践。「アルバイト先で忙しい時間帯に休憩がもらえなかったとき」という設定で、ある学生は「長い時間働いていますが休憩がとれていません。この仕事を終わらせたら休憩に行ってもいいですか?」と答え、吉村氏は「最後に『今休憩に行ったら、休憩後もっと頑張れます!』と言うとDESC法により忠実になる」とフィードバックしました。
JALの企業理念
話はJALグループについてうつります。『JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、一、お客さまに最高のサービスを提供します。一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。』という企業理念を、吉村氏は「ウェルビーイングの考え方につながるもの」と解説。

続いて、企業理念を支える二つの柱として「安全憲章」と「JALフィロソフィ」を紹介。吉村氏は安全憲章の文を読み上げ、「『安全とは命を守ること』と明確化されていることがポイントです」と説明しました。続いて、安全への取り組みとして2006年に設立された「安全啓発センター」を紹介。1985年8月12日に起きた123便ジャンボジェット墜落事故を取り上げ、「この事故を大きな重みをもって受け止め、安全の重要さを学ぶ場として開設している」と説明。「社員も年に数回必ず行って、安全に対する気持ちを新たにしている」と、安全に対する意識の高さを説明しました。
「JALフィロソフィ」は「JALグループ全員が持つべき、意識・価値観・考え方が書かれたもの」と紹介。部門や職種を超えて一つの飛行機を運航する上でどう連携できるのか、一体感を高めていくための共通言語として設定されたものだと述べました。
現場のコミュニケーション
企業理念を説明したのち、吉村氏は〈安全とサービスを伝えるコミュニケーションについて〉と題して現場の事例を紹介しました。
吉村氏は、JALの現場において最も大切にされているのが「安全第一」という企業理念であると強調しました。その上で、「安全を守るためには、個々の技術や経験だけでなく、チーム全体の対話力が欠かせない」と話します。
この“対話力”には、心理的安全性・ノンテクニカルスキル・適切な権利勾配の3つの要素が含まれるといいます。心理的安全性は自分の意見や気持ちを安心して言える状態のことで、高いほど周囲の反応に不安感を抱くことなく発言できる環境といいます。ノンテクニカルスキルは、コミュニケーション能力などモノコトをどう使うか判断する力です。適切な権利勾配とは、職場の上下関係が適切であることです。権利勾配が急すぎると上司に言い出しにくい環境が生まれ、緩すぎると大切な場面でも引き締まり切らないため、適切な関係性が必要となります。
実際、過去には、機内での冷静かつ適切なコミュニケーションによって、事故を未然に防ぐことができた事例も紹介されました。
こうした経験からも、「良好な人間関係=安全につながる」という意識が根づいており、JALでは日頃から職場内のコミュニケーションを非常に大切にしているとのこと。アサーティブコミュニケーションは、信頼関係の構築や心理的安全性の確保において、大きなヒントになると話しました。

続いて吉村氏は、「JALフィロソフィ」にふれ、現場では時代や社会の変化に応じて柔軟な対応が求められている近年において、大切な行動指針がいくつも掲載されていることを紹介。特に近年ではインバウンドの増加により、文化的背景の異なる乗客への配慮の重要性がこれまで以上に高まっているとのことで、相手を意識したコミュニケーションの取り方について説明しました。
吉村氏は、日本人に対する対応と、文化的多様性をふまえた対応との違いを、「ハイコンテクスト・コミュニケーション」と「ローコンテクスト・コミュニケーション」という言葉を用いて説明しました。日本のように、言葉にせずとも空気や文脈で察する文化では、相手の気持ちを“先回り”して読み取るハイコンテクストな対応が基本となります。一方、多様な背景を持つ乗客に対しては、あいまいな表現では伝わりづらく、明確な言葉で伝えるローコンテクストな対応が必要になります。こうした違いを理解し、状況や相手に応じた対応が求められるのです。

また、吉村氏はJALの現場でホスピタリティを高めるために、チーム全体で大切にしている5つの具体的な行動を紹介しました。
① 仲間を名前で呼ぶ(役職名で呼ばない)
② 仲間にありがとうを伝える
③ お客様を名前でお呼びする
④ お客様に自己紹介、他己紹介をする
⑤ 表情、アイコンタクトをしっかりとする
日々の行動の積み重ねが、サービスの質を支えているといいます。
以上のことからわかるように、JALでは乗客に対してだけでなく、乗員同士のコミュニケーションにも細やかな気配りを欠かしません。職場内の関係性を大切にし、適切な対話を重ねることで、チーム全体としてのサービス力が向上していく。JALの業務におけるコミュニケーションの重要性をよく理解できる紹介でした。
授業の終わりに
吉村氏は最後にミニワークを実施しました。
とある乗客の行為が、ほかの乗客に迷惑をかけている状況を想定し、その行動を改善してもらうための声かけを考えます。

吉村氏は「相手を心配しているという姿勢を、言葉でしっかり伝えることがポイント。そうすることで、話を聞いてもらうきっかけになります」と語り、さらに次のように述べました。
「理不尽な場面や、相手が感情的すぎる場合など、アサーティブ・コミュニケーションだけでは対応しきれないこともあります。そういうときは、感情に巻き込まれず冷静になること、できること・できないことをはっきり伝えること、安全や秩序を守る行動をとることが大切です」。
今回の授業は、実際に複数の言語を使ってコミュニケーションをとりながら働く現場の話を聞くことができ、学びと実践が結びつく貴重な機会となりました。
担当教員からのメッセージ
近年情報技術、情報機器の発達によって時間と空間を超えた様々なコミュニケーションが可能となり、それに伴いコミュニケーション上の問題もまた生じています。例えば、異文化間コミュニケーションにおける誤解に加え、近年社会問題化している顧客による過度な要求や不当なクレーム、いわゆるカスハラ(カスタマーハラスメント)もその一例でしょう。
吉村さまによる特別講演は、JALという職場におけるコミュニケーションの諸相、その根底にある価値観を知ることで、グローバル化の進む現代におけるコミュニケーションについての理解を深めるための非常に貴重な機会となりました。
今後の授業でも、言語学(Linguistics)の知見を教室で深めるだけでなく、その知見をもとに実際の社会におけるコミュニケーションを考える機会を積極的に創出したいと思います。
