仕事に貴賤はない
「やりたい仕事じゃない」と拒否する前に自分ができることを探そう
2021年度の共通教育科目「女性とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)は、実践女子大学の卒業生を含む企業トップの生き方から学ぶリレー講座です。2021年9月30日からスタートしたこのリレー講座は、激動の社会のなかで活躍しているさまざまな業界のトップの方たちを招き、ご自身の経験も踏まえて、仕事への向き合い方を語っていただくというもので、12月23日までの間に6人の方々に登壇していただきます。
スピーカーが伝えたかったことを探究し、
物事の本質を見抜く力を修得する
この授業を担当する深澤晶久教授は、リレー講座の狙いを次のように話します。
「この講演を通して学生たちに身につけてほしいのは、多様性を受容し、多角的な視点でもって世界に臨む姿勢です。また、講演の前後に行われるインプット&アウトプットの時間を通じて、学ぶ楽しみを知るとともに、スピーカーが伝えたかったことを探究し、物事の本質を見抜く力を身につけて欲しいと思っています。『お話は面白く聞きました。勉強になりました』だけでは、授業としてはいまひとつ。講演内容の核心に迫るような質問や感想を期待しています。
講演に関するさまざまな役割は基本的に学生が務め、毎回、司会進行などを担う担当グループを決め、質疑応答なども各グループで意見をまとめて発表。受け身の授業ではなく、学生一人ひとりが自発的に講演に関わっていくことで、より深い学びを目指しています。」
では、リレー講座のトップバッターであるトヨタ自動車株式会社元代表取締役社長、渡辺捷昭氏の登壇です。
女性の行動が女性の活躍の舞台を広げる
世界を見据えて考えることが大切
渡辺氏からは、①今の時代をどう考えるか、②トヨタの社員だった頃に考えていたこと、③リーダーとして心がけてきたこと、の3つに分けて、お話がありました。
「今は、『少子高齢化』『人生100年時代』『ジェンダー平等』の時代で、女性が活躍できる舞台は、皆さんの行動ひとつで多方面に広がる可能性を秘めています。実際、「日本科学技術振興機構(JST)」が若い科学者たちを対象に「2050年にどういった科学技術でどのような社会をつくりたいか」というテーマで研究テーマを公募したところ、採用された1チームの3人のリーダーうちの2人が女性でした。メンバーには女性も多い。『女性が活躍できる場を増やそう』などと言っているのはもう遅い。皆さんが積極的に前に出ていき、実力を発揮する時代はもうすぐそこまで来ているし、先ほどの2人の女性リーダーのようにすでに活躍している人たちもたくさんいます。今はそういう時代です」と渡辺氏は話します。
また、地球環境に関する問題は国も企業も学校も一丸となって取り組んでいかなければいけない世界規模の課題だし、情報通信の技術が飛躍的に進化していることも忘れてはいけない、と渡辺氏は言葉を続けます。
「さらに、コロナ禍をきっかけに時間と場所の概念がガラリと変わり、今後は働き方や生活の仕方が変わってきます。これをどう受け止め、進めていくかも考えていかなければなりません。そして、ますます世界は狭くなってきています。つまり、今は世界の影響を直接受ける時代。だからこそ、世界を見据えて考えること、判断することも重要になってきます」(渡辺氏)
与えられた仕事のなかで自分のやりたいことをする
人生を仕事で変えていく
「私は仕事に貴賎はないと考えています。ただ、どんな仕事をするにしても、私はこの仕事とどう向き合っていけば自分の人生に役立つか、自分の成長につながるか、その仕事を通して自分のやりたいことがやれるか、人の役に立つことができるかが大事だと思っています。
トヨタ自動車に入社した私が最初に配属されたのは、福利厚生課の給食係でした。工場の社員食堂の係です。どう考えても、自分のやりたい仕事ではありませんでした。辞めてしまおう、と思ったこともありました。でも、とりあえず、一度、現場の食堂に行ってみよう、と思ったのです。食堂の現場に行き観察しているといろいろな問題がみえてきました。例えば、食事の献立の美味しさ、仕込み量と残飯量などです。そこで残飯に目をつけ、毎日、残飯の量を測り、データ化していきました。
ちょうどその年、全社でデミング賞(品質管理に関する実務や理論に貢献した個人や団体に贈る賞)受賞の話が持ち上がり、人事部も対象になりました。そこで、私の“残飯量の分析と改善提案”が目に留まりました。その後、人事部のデミング賞受審チームの一員として、1年間受審活動をしました。
ここで私が言いたいのは、あのとき、腐って辞めていたら、今日の自分はなかったということです。実際に現場へ行ったから、気づきがあった。そして、そのときの自分にできることをやってみたことで、ビジネスマンとして前に進むことができました」(渡辺氏)。
その後、異動になった広報課では、世間で「販売のトヨタ、技術の日産」と呼ばれていたことに疑問を感じ、トヨタの技術力をアピールするために自社の技術研究所をマスコミやオピニオンリーダーたちに公開することを会社に提案し、実現しました。
「広報課は何をする部署なのか、トヨタはどういう会社なのかを考えた結果のことでした」(渡辺氏)
次に配属になった購買課では、課長として「良き購買マンは良き営業マンになるべき」と宣言。メンバーの意識や行動、仕事の仕方を変えるよう努めました。
「1982年には秘書課に異動。嫌で嫌で仕方がありませんでしたが、トップの役に立つ秘書の3つのミッションを考え行動しました。3つとは、①忙しいボスの精神安定剤、②さまざまな人と関係を持たなくてはならないトップと人々との間の潤滑剤、③ボスの頭脳役(ブレイン)です。」(渡辺氏)
続く異動先の総合企画部は、当時はあまり陽の当たらないような部署。「何もしないで早々に帰れ」と言われているような印象を持ったことから、渡辺氏は「早々帰宅部」というあだ名をつけたそうです。しかし部長だった渡辺氏は「早々帰宅部」からの脱却を目標に、部員全員で1年目から各部署に「会社の問題や課題はないか」を聞いて回り、それらの内容を整理したと言います。
「そこで、『このままでは大企業病になって会社がつぶれるかもしれない』という危機感を覚えた私は、会社の課題や問題点を整理し、将来のあるべき姿をみんなで考え、トップに提案しました。部の名前も、総合的に企画をしながら経営に参画することだと考え、経営企画部に変えてもらったのです」(渡辺氏)
思い返してみると、私は新入社員の頃から部長に至るまで、いつも「何をしなければいけないかを考え、問題や気づきをしっかりと意識して行動していくこと」を大事にしてきた、と渡辺氏はトヨタ時代を振り返りました。
仕事の目的を考えて、夢や目標、ビジョンを描く
身の丈を計り、賛同者を増やすことを心がける
「私が仕事をするなかで心がけていたことは、次の3点です。
ひとつは、与えられた仕事の目的をしっかり考えて、夢や目標、ビジョンを描くこと。そして、やれること、やりたいことをきっちりとやりきることでした。2つ目は、そのときどきの自分や自分が所属するチームの身の丈を計ることです。自分も全知全能ではないから、誰かの助けを求めなければいけないときもある。そのときはチームをつくるんです。賛同者をつくる。賛同者を得るためのしかけや仕組みをつくることも重要です。自分の実力を伸ばすためにしっかり努力することはもちろん、周りで協力してくれる人と一緒に考えて行動することも心がけました。3つ目は、理想と現実のギャップを埋めるためには何をすれば良いのか、具体的な方策を考えること、そしてそれをチームと一緒にやりきることです。私は新入社員のときからこの3つは肝に銘じてきました」(渡辺氏)。
そして、ご自身の経験をもとに、学生たちにこんなアドバイスをしてくれました。
「ひとつは好奇心を持つこと。そして、危機意識をもってほしい。それも「ダメだ、ダメだ」と嘆くばかりの後ろ向きの危機意識ではなく、対策のある危機意識を持つことが重要です。対策がない危機意識は不安感を募らせるだけですから、危機意識を健全にしてほしいですね。「こんなことをしたらきっと良くなるぞ」と確信を持って言えるくらいのものが、良い意味での好奇心であり、気づきであり、問題発見能力であると思います。2つ目は、夢や目標を持つこと。3つ目は、やってみること、やりきってみることです。勇気や覚悟、執念が必要ですし、壁も多いけれど、いろんな仲間と気持ちを同じくしてチームで挑むことは、自分もチームも成長させてくれるはずです」(渡辺氏)
「どうやったら好奇心が持てるか」という学生の質問に
「『なぜ?』という疑問が好奇心につながる」と答えを
約1時間の講演のあとは、質疑応答です。さまざまなグループからいろいろな質問が出ましたが、ここではひとつだけご紹介しておきます。
「思い切ってやること、自分の意志の大切さを強く感じました」という感想のあと、「好奇心は持とうと思って持てるものではないと思います。どうやったら好奇心を持つことができるでしょうか」という質問が出ました。それに対して渡辺氏は「好奇心とは、言い換えれば問題発見能力です。私はいつも、現場に行って作業員の動きを見たり、話をしたりしました。そのなかで、例えばやりにくい作業があったら、『どうしてやりにくいんだろう』と考えます。この『なぜ?』が好奇心につながります」と答えてくれました。
深澤晶久教授の話
ご講演の2週間後、学生が渡辺様にお送りした手書きのサンクスメッセージが、再び学生の手元に戻ってきました。
そこには、なんと一人ひとりに宛てた渡辺様の手書きのメッセージが添えられていたのです。
深い心遣いに学生の感動は計り知れないものがありました。
心から感謝申し上げます。