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たくさん達成感を得て自信を付けよう!「女性とキャリア形成」の授業でJFEテクノス社長による特別講義が行われました。
「女性とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で6月5日に、JFEテクノス株式会社の能登隆代表取締役社長をお招きしての特別講義が行われました。仕事との向き合い方や自信を持つことの大切さなど、実体験を交えてお話してくださった能登氏。上に立つものとしての心構えなども含め、なかなか聞くことのできない「社長業」について学生たちが触れる機会となりました。 仕事は金銭的に自立する手段? JFEテクノスは一言で言えば「街のあらゆるインフラのメンテナンスを行う会社です」と能登氏。「皆さんの就職希望先とは少し遠いかもしれませんが、一人の社会人のサンプルとして気軽に話を聞いてほしい」と講義を始められました。 学生時代は火を燃やす「燃焼」に関わる勉強をしていた能登氏。いまでも星空の下で焚火をたいて、コーヒーを飲むのが癒しのひとときだと話します。ただ、「私はこだわりがないんです」と自己分析。「信念というものがないよな、と言われたこともある」と告白されました。そのためこれといってやりたい仕事があったわけでもなく、仕事は「金銭的に自立するための手段と思っていた」と言います。ただ、地図に残るような大きなものを作れる会社に行きたかったことと、専攻した燃焼に関する仕事をしたいと思い、現在のJFEの前身である日本鋼管へ入社されました。 偉くなるとやりたくない仕事も増える 社会人になって最初の1年は、大学のころと同じように燃焼の研究を行い「学生時代と近いことをしてお金ももらえるなんて嬉しいと思っていた」と話しました。しかし年が経つにつれ、自分の仕事に責任がのしかかってくるようになり、徐々にストレスに。 特に、より高いポストに就くようになるとそれは顕著でした。会社で偉くなるとは部下が増え、権限が増え、責任も増えるということ。能登氏は「偉くなるとは、自分の知らない領域の仕事を担当することです。自分のやりたい仕事以外のことをやることになる」と語りました。ときには意見の合わない人と一緒に仕事をすることも。能登氏にとって仕事とはだんだんと、ただ試練を乗り越えうまくやり遂げるものになっていったと言います。「心に蓋をして、自分に厳しく、人にも厳しくなっていってしまったんです」。 天狗になっていた自分を猛省 仕事がうまくいくと達成感が得られます。「仕事にはトラブルはつきもの。トラブルがあってもみんなで協力しあって乗り越えることで自信が生まれる。客に感謝され、上司や仲間からも褒められることは、仕事を続けるモチベーションになります」と話しました。 ただ、能登氏は「自信を持ちすぎて、天狗になってしまった」と語りました。人の話を最後まで聞かずさえぎっては切り捨てる。人として傲慢な態度を取っていたと告白されました。だんだんと部下の力が融合せずうまくいかなくなっていったと言います。そんなある日、信頼していた女性の部下から「上から目線で皆を見てますよね」ときつい一言が。能登氏はそれまでコミュニケーションがうまく出来ていると思っており「自分の態度が人を傷つけているとは分からなかった」ため、その一言に大きなショックを受けます。未熟さを猛省し、そこから話すときはゆっくりと、人の話をしっかり聞くように。徐々にまた空気が良くなり、多くの人たちに受け入れられ、仕事が上手になっていったと話しました。「社長というのはあくまで社長業なんです。営業などと同じ、一つの仕事」とかみしめるように語りました。 仕事は自信を持たせてくれる手段! 能登氏は「たくさんの達成感を自分に与えましょう」と学生に語りかけました。人から褒められる経験を増やすことで自信を付けることの大切さを伝えました。ただ、自信を付けすぎると傲慢になる危険も。けれど「天狗になってもいいんです」と能登氏。「周りや友人など、おかしいよと言ってくれる人がいるはず。そのときに軌道修正すればいい」と話し、周囲に耳を傾けることも伝えました。 いまの能登氏にとって仕事とは、金銭的に自立する手段だけでなく、自信をつける手段であり自分をポジティブにしてくれるものになったと話しました。そして学生のうちに「異人コミュ力」を付けてほしいと伝えます。「異人コミュ力とは私の造語で、自分と異なる考えの人と話す力。社会人になると本当にさまざまな人と仕事をする。自分の考えと違う人の話を聞くことに慣れておくといいでしょう」とアドバイスしました。 自分が変われば周りも変わる 講演後には質疑応答の時間が取られ、学生が次々と手を挙げました。 「部下から指摘されて改善したあと、部下や周りの反応に変化はありましたか?」という質問には「数か月後に同じ部下から、やればできますねと言われました」と笑いを交えて回答。「徐々に周りからアイデアや企画も出てくるようになり、雰囲気が良くなっていきました。自分が変われば周りも変わることが分かった」と話されました。 最後に、司会進行をした班の学生が代表しお礼の言葉を述べました。「当初は社長と聞いて、難しい話をされるかと思っていましたが、等身大の話をしてもらえ社会人に対しての解像度が上がりました」と話しました。「就活に自信がなかったですが、仕事は自信をつけてくれる手段と聞き、自分の人生を豊かにしてくれるものなのだと気づきました」と話し、今回のお話が身になったと伝えました。 担当教員からのメッセージ 能登社長は、今年初めてお迎えいたしました。歴史ある企業のトップを務められる能登さんですが、語りがとてもソフトで、しかも、学生の視点を意識いただいた内容に、学生が真剣に聞き入る姿勢が印象的でした。様々な部下の方とのやりとりには驚くこともありましたが、それだけ社員一人ひとりとの絶対的な信頼関係を築かれている能登社長でなければあり得なかったエピソードも沢山聞かせていただきました。能登様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
女性が社会で活躍するために。「女性とキャリア形成」の授業で元日本銀行審議委員の政井貴子氏が講演を行いました。
共通教育科目「女性とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、5月22日にSBI金融経済研究所株式会社の取締役理事長である政井貴子氏をお迎えしての、特別講演が行われました。女性が社会に出ていく前に知っておくべき心構えなど、実体験やデータに基づいた貴重なお話をお伺いしました。 なぜ女性が活躍することが重要なの? この授業は進行も学生が行います。キューブと呼ばれる担当の班の学生が「つねに前向きに学びを深めながら、華麗な転身をしてこられた」と紹介し政井氏が登壇されました。この授業に出演されるのは4年目です。「毎年気付きがあるのでそのたびにブラッシュアップしています」と話します。「今回はそもそもなぜ『女性とキャリア形成』という授業があり、女性活躍推進が重要なのかしらという背景の共有をできればと思います」と講演を始められました。 まず政井氏は「男女雇用機会均等法」について説明。性別にとらわれずに自由に働けるための制度です。逆に言うと、制度がないと女性は自由に生きていけなかった過去があります。「皆さんは小学校の家庭科の授業は男子も一緒だったと思いますが、私のときは女子だけ。男子は技術という工作の授業を別々に受けていた」と話します。 第二次世界大戦を経て国連が成立した際、あらゆる差別を撤廃するべきだという動きが世界中で盛り上がりました。そのなかには女性への差別も含まれ、1985年に女子差別撤廃条約に日本も批准。男女共同参画社会基本法を制定し、1999年に男女雇用機会均等法が制定されました。「こういった流れのひとつとして、皆さんの雇用を後押しする一つとしてこの授業もある」と政井氏は話しました。 男性の意識はどうか しかし、格差がまったくなくなったわけではありません。世界のジェンダーギャップの解消には100年以上かかるという試算が。特に政治経済格差はなかなか縮まらないと言われており、それは日本も同様です。 では具体的にどういうことが課題となっているかと言えば、ひとつは家事の分担です。政井氏は、家事を男女のどちらが担うべきか、男性に取ったアンケート結果を示しました。39歳以下の7-8割は、半々で負担するべきと回答。しかし年齢が上がるにつれ割合は少なくなり、60歳以上になると半分以上の人がパートナーに任せたいと回答しています。「女性は家庭に入るべきだと思っている人はまだまだいるということ。社会に出れば、年上とも仕事します。特に60歳くらいの人は偉いポジションも多い」と政井氏。年上の男性と接する際は、口には出さずとも女性は家庭に入るべきという考えをもっている可能性も想定した方がいいと忠告されました。 ジェンダーギャップはこれからもある 政井氏は続けて「若い世代は大丈夫では、と思うかもしれませんがそうでしょうか」と次のアンケート結果を表示。「営業職は男性の仕事だ、職場では女性は男性のサポートにまわるべきといった質問に、若い男性もそう思うと回答する人も2割ほどいる。10人いれば2人くらいは内心そう思っている人がいるんだと知っておくべきです」と語りました。そして「皆さんは、そういうのも含めて会社を見て就活をしましょう」と話しました。「出したデータは平均値なので業態や会社ごとにばらつきがあります。特定の業種や会社に偏っている可能性もある。受け入れ側の体制がどうなっているか、変わって行きそうかをみるのも大事ですよ」と語り掛けました。 また、賃金格差も依然としてあることを指摘。政井氏は「私も役員をやってきましたが、世代的にも安く使われていると思います」と告白しました。「昔は今よりも男女格差が大きかったので、役職に就けるだけで信頼されていると思っていた」と話します。現在は男女差が出ないようポストに対して報酬制度が決まっているところもあります。「稼いでいくことが目的ではないですが、生涯賃金を考えるのも大事」と話されました。 女子校でリーダーシップを養われる! 「私が学生の頃はキャリアを考える授業もなく、自分もここまで長く仕事をするとは思っていなかった」と政井氏。英語を使える仕事が良いと外資系金融業へ就職し、周囲は全員外国人のなか、人の数だけいろんな考えや価値観があることを知ったと言います。 日本の会社でも仕事したいと、現SBI新生銀行へ転職。その後長年金融業界で働いた実務能力を買われ、日本銀行の審議委員へ就任されました。「経済を学んだことのない私が専門家と混ざって意見交換する立場になるなんて」と話しましたが「20年もやっていると専門家として認めてもらえることもある」と誇らしげに語りました。 「女子校卒は不利ですか、と質問を受けることがあるのですが、そんなことはない」と本学の卒業生でもある政井氏は力強く話します。「男性がいない中で女性がリーダーシップを取ることが求められる。人の前に立って行動することを経験できることはとても貴重です」と言います。「皆さんの人生はまだまだ長い。振り返ってみて悔いの残らない充実した時間になると良いなと思います」と政井氏は講演を締められました。 キャリアを積み重ねるには 講演のあとは質疑応答の時間。学生から次々に手が上がりました。「女子校でリーダーシップが養われることは実感がある」という学生からは、「男性のいる場で女性がリーダーシップを発揮できますか」という質問が。政井氏は「なかなか自分にチャンスが回ってくることは少なかった」自身の経験を回答。「一緒に仕事する人によって環境にばらつきがある世の中。自分に何が必要なのか考え、足らないことを実践してみる人がキャリアを積み重ねられると思います」と答えました。 さまざまな仕事をされている政井氏に「新しい仕事で環境が変わるとメンタルも影響出ると思いますが、どうやって前向きでいたのか」と質問した学生には「重要な視点ですね」と感心した様子も。不安なときは友人に相談していたと話し、「大事なことを相談できる友達の存在が大切かも。そういう存在が学生のうちにできるといいですね」と回答。「どうしても納得が出来なかったら辞めて、充電できたらまた仕切り直せばいい。手放すのも選択肢のひとつです」と伝えました。 学生たちにとってこの上ないロールモデルとして、貴重なお話を伺えるひとときとなりました。 担当教員からのメッセージ 政井様は、この授業には初回からご登壇いただいています。本学の卒業生ということもあり、学生の姿も真剣です。政井様のキャリアは特筆すべきものがあり、金融業界で、中央銀行、国内系、外資系とあらゆる組織でキャリアを積み重ねられた価値は、なかなか存在しないと思われます。今までは比較的遠い存在であった金融のフィールドでしたが、今の学生が社会を牽引するこれからの世の中を考えた時、一人ひとりがみずから資産設計することが求められることになります。政井様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
2025年度「キャリアデザイン」にてオリエンタルランドさんから課題が発表されました。
6月17日(火)にキャリアデザイン(担当:文学部国文学科深澤晶久教授)にて、株式会社オリエンタルランド(以下オリエンタルランド)から横山政司氏を招き、課題について共有が行われました。学生が履修決定の際に提出した履歴書に「このコラボを楽しみにしていました」といった声が多く記載されていたことが深澤先生から共有があり、今現在もキャストとして働く学生が授業受講生の中に2人いるなど、学生からの期待値と意欲の高さがうかがうことができる回となりました。 課題についてお話しいただいた方は、コンテンツ開発推進部長の横山政司氏。初めにアイスブレイクとしてディズニーにまつわるクイズを楽しんだ後、横山さんによる自己紹介と、これまで歩んできたキャリアについてのお話がありました。 課題発表の前に オリエンタルランドに入社するきっかけは大学時代に入っていた運動サークルでの経験で、「自分の企画で多くの人を笑顔にしたいと思った」ことだと話しました。入社後、キャリアのスタートは「SMTの時間帯責任者」だったそう。SMTはアトラクション略称で、学生たちは馴染みのない文字列に少し戸惑った様子でしたが、「スペース・マウンテン」と正式名称の説明を聞いてワッと納得の声が上がりました。明るくテンポよく、ユーモアを交えながら話は続きました。 オリエンタルランドについて オリエンタルランドの創業は1960年。創業の背景に、高度経済成長期の公害問題があったことを説明しました。また、オリエンタルランドという企業名は「東洋一のレジャーランドをつくる」ところからきているそうで、話は東京ディズニーランド開園にいたるまでの経緯に移ります。浦安にレジャーランドの設立が決まった背景として、公害問題による水質悪化で漁業が行えなくなり、浦安の海が埋立地になる計画が浮上したことがありました。 ディズニー誘致のきっかけは、創業者がアメリカのディズニーランドを視察した際、『日本の子どもたちにも見せたい』と強く感じたことだったと述べました。「東洋一のレジャーランド」が「ディズニーランド」であることの関係性がここで生まれたといいます。海の埋め立てに際して漁業権放棄の補償交渉が終了した年が1964年。同時期に、本格的なディズニー社との交渉が始まりました。契約の締結は1979年。「とにかく本物を」という理念のもと建設が始まり、1983年に東京ディズニーランドが開園しました。その後、1996年に新エリアオープン、2001年に東京ディズニーシーがオープン、2013年には年間来園場者数3,000万人の達成、2020年にコロナで史上初の4カ月閉園など、歩んできた歴史を紹介しました。 また、企業使命が「自由でみずみずしい発想を原動力に、素晴らしい夢と感動、ひととしての喜び、そしてやすらぎを提供します」であること、パークでゲストに提供しているものが「HAPPINESS」であることを紹介しました。「HAPPINESS」は、わくわくや感動、心の底から楽しむことなど、ポジティブなエネルギーであることを、CMの動画を使って説明。接客やパーク内の体験を通じて提供しているものを明確にしました。 課題の発表 学生が取り組む課題の発表の前に、前提条件として現在オリエンタルランドが抱えるビジネスの課題点について共有されました。それは、「人口減少の中、どのようにして来園場者・客単価を増やすか」。ビジネスモデルの説明と共に、どうしてそれが課題であるか細かく説明されました。一度軽いグループワークと意見の発表を交え、横山氏がピックアップした改善策は「リピータを増やす・客単価をあげる・年齢や環境の変化による離脱者を減らす」の三点。これらを達成する手段として「ファン化の促進が必要」とし、東京ディズニーリゾートのファンクラブである「ファンダフル・ディズニー」の紹介がありました。年会費や入会特典を説明したうえで「ファンクラブ会員はそうではない客と比較して、客単価が高い」一方でと「ファンクラブ会員の半分は継続歴5年以上であること」を述べた上で「入会者の過半数が40代以上」という現状の紹介がありました。 ここで課題が発表されます。スライドに映し出されたミッションは「あなたは、コンテンツ開発推進部に配属されたオリエンタルランドの新入社員です。人口減少社会でハピネスを提供し続けるために、Z世代のファンダフル・ディズニー会員を獲得する施策を提案してください」。続いて、取り組みにあたってのポイントの説明がありました。それは「原因の仮説を立てること」「Z世代のとくにどのような層をメインターゲットにするか決め、どうしてそれが会員獲得につながるか根拠を明示すること」そして「前述の二点が、施策内容とつながっていること」。さらに「年会費を下げる以外の切り口にすること」「提案する策が会員獲得につながる根拠を示すこと」。課題の構成や評価につながる重要な事柄の発表に、学生たちは真剣にメモを取ります。 横山氏は続けて、「コンテンツ開発推進部のメンバーが守るべきもの」を示したスライドをスクリーンに投影。そこには、普段仕事で大事にしていることが書かれており「課題を進めるうえでちょっと意識してもらえれば」と言葉をおいて、内容の解説をします。大切にしていることは「リサーチ」「リスペクト」「レビュー」の3点。グループで企画を進めるうえで、「互いにリスペクトすることを忘れず、ターゲットからもリスペクトされるような提案をする。ターゲットを尊重することを忘れないで提案内容を考えると、いいアウトプットが出せる」「今回はレビューまではいかないけれど、振り返りをしっかりすることは大切」と述べ、「とりわけリサーチについて、顧客をしっかりと見ることが大切。ウェブなどに掲載されている調査結果はすぐにとれるけど、それは誰にでもできること。ぜひ、皆さんならではの根拠を示してもらいたい」と学生ならではの視点に期待を寄せました。 授業の最後は早速グループワークでアイディア出しが行われました。横山氏は「課題のポイントにあった『調査結果が施策内容とつながっていること』が重要。施策が何に結びついていくのかを意識しながら、今後のワークに取り組んでほしい」とアドバイス。 学生たちは二週間後に横山氏から中間フィードバックをいただき、7月16日に控える最終プレゼンテーションに向けて準備を進めていきます。 担当教員からのメッセージ 今年も、学生にとって極めて関心の高いオリエンタルランド社との連携授業がスタートしました。本年度も昨年同様のテーマをいただきました。身近な企業からのお題ですが、その難易度は、昨年も実証済みです。横山さんには、中間のフィードバックを含めて、7月8日のプレゼンテーションセッションまでサポートいただきます。学生の取り組みに期待したいと思います。
「国際理解とキャリア形成」の授業で五輪メダリストの岡崎朋美氏をお招きしスポーツニッポン新聞社との特別コラボが行われました。
6月24日(火)に「国際理解とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、スポーツニッポン新聞社との特別コラボセッションが行われました。スペシャルゲストは元スピードスケート選手でありオリンピックメダリストの岡崎朋美氏。藤山健二編集委員との対談という形で、学生たちの前で講演を行って下さいました。世界の第一線で活躍された岡崎氏の貴重なお話に、学生たちも頷いたりメモを取ったりしながら真剣に耳を傾けていました。 対談の初めに 藤山氏はまず、岡崎氏が学生と同じ年齢だった頃の話題を切り出しました。岡崎氏は次のように語ります。「18歳で実業団に入ったのですが、当時は実力がなく、周囲のレベルについていけませんでした。3年間がんばって成果がでなければ、その先の将来を考えようと思っていたんです。3年目の頃にオリンピックが現実味を帯び始め、翌年の選考会で出場を決めました。それが22歳の時でした」 藤山氏は続けて、岡崎氏の経歴と実績を簡単に紹介しました。「冬季オリンピックに5大会連続出場。日本のウィンタースポーツ界を代表するレジェンドです。長野大会では、500mで銅メダル。女子短距離スピードスケートで初めてメダルを獲得し、その後のオリンピックでは日本選手団の団長や旗手も務めました。本当に大活躍した選手です」以降、対談は岡崎氏のこれまでの歩みを振り返る形で進みます。 岡崎氏の学生時代 学生時代には大会の受賞歴がほとんどなかったという岡崎氏。北海道出身で、スケートは幼いころから身近な存在であったものの「スポーツ万能だったが、スケートだけはうまくいかなかった」といいます。高校は、道内の強豪校ではなく、女子校を選んでスケート部に入部しました。男女合同で練習する学校に比べ、練習内容に限界があったと感じていたそうです。「他校の練習風景を見て、自分もああいう練習をすればもっと伸びるのではと思っていました」と、当時を振り返ります。 実業団入団 入団のきっかけは、実業団の監督が偶然リンクを訪れていたことでした。さまざまな高校の生徒が同じリンクで練習している中で、岡崎氏のスタート100mの速さが監督の目に留まりました。「当時の体格の良さも含めて可能性を感じてもらったんだと思います」と話しました。 入団後は、富士山のふもとの標高の高い場所でのトレーニングに環境の変化が大きく、慣れるまでに1〜2年かかったと話しました。さらに、オリンピック出場者もいる実力あるチームでの練習はレベルが高く、意識やメンタル面の重要性も学んだといいます。最初のオリンピック選考会については、こう振り返ります。「ようやく環境に慣れてきた頃で、オリンピックを目指すというより、先輩たちに少しでも近づきたいと思っていました。才能がないなら辞めようという気持ちで、全力を出し切れば結果に関係なく納得できると思い、満足した状態になろうととことん練習に取り組みました。」その結果、1994年のリレハンメルオリンピックに出場が決まりました。 オリンピック出場 初めて出場した1994年リレハンメルオリンピックは、14位入賞という結果で終わりました。自己ベストを更新できたことに手ごたえを感じ、「一度出られれば十分かなと思っていましたが、会場で他の選手たちの姿を見て、“もっとやりたい”と感じました」と話しました。次のオリンピックは日本開催の長野大会。「日本で五輪が行われるのは、自分の競技人生の中ではもうないかもしれない。そして日本という慣れ親しんだ環境で行われること、日本を応援してくれる人も多いことはモチベーションにつながりました。そこからやらされる練習から、やる練習に変わりました」と語ります。 1998年長野オリンピックでは、短距離で銅メダルを獲得。二日間にわたるレース形式で、一日目が終わった時点で緊張のあまり眠れなかったといいます。「選手村にいると緊張してしまうので、あえて会場に行きました。五輪マークが目に入るとワクワクしてきて、あとはスタートラインに立つだけ、という気持ちでした」大会直前にスケートシューズの規定が変わり、新しい靴に苦労したそうですが、「スタートしたら結果は決まっていると思っていた」「仕上がりに不安もありましたが、結果が出てよかった」と振り返り、当時の銅メダルを取り出し、学生に手渡して見せました。 けがのお話 藤山氏が「長野で一区切りと思わなかったか」と尋ねると、「新しい靴にも慣れてきて、まだタイムを縮められると思った。世界記録と自己ベストに2秒差があって、追いつきたかった」と語りました。しかしその約1年後、腰を痛め手術を受けることに。シーズン最後の大会の朝、起き上がれないほどの痛みに襲われながらも、注射でなんとか出場したといいます。藤山氏が「体にメスを入れるリスクをどう考えたか」と問うと、「次のオリンピックを目指していたし、手術して復帰した前例があまりなかったから、自分が最初になろうと思った。誰かがやらないと前に進まないこともあるから」と、力強く答えました。藤山氏は「どこまでもポジティブにとらえるんですね」と驚きの表情を見せました。 結婚・出産とアスリートのキャリア 2002年ソルトレイク、2006年トリノと五輪出場を重ねた岡崎氏は、2007年に結婚。当時、夫は東京勤務、岡崎氏は練習拠点に残り別居生活をしていたそうです。2010年に出産。その後も現役を続ける決断をしました。「当時は出産したら引退、という選手が多く、託児所もなく、相談できる人もいませんでした」「でも、一般の人も仕事と育児を両立している。形は違っても、私も挑戦してみようと思いました」と話し、手術のエピソードにもあった岡崎氏のチャレンジ精神がここにも反映されていることがわかりました。さらに「練習中に電話に出られないので、保育園の緊急連絡先は監督だった」というリアリティのあるエピソードに、学生は岡崎氏の苦労を想像しつつもくすっと笑うリアクションをしていました。 妊娠・出産後の体の変化については、「子どものために母乳育児をしていたら、自分の栄養が足りなくなって。初めて“食べても追いつかない”という経験をしました。ホルモンの影響も大きくて、筋肉がつきづらかった」と実感を語りました。それでも、「自分の経験が次の世代のお母さんたちの参考になると思って、いろいろ勉強しました」「子育てと競技を両立したことは、手探りでしたが全く後悔していません」と語ります。 対談の最後に 引退については、「もう無理だな、と思って案外すんなり決めました。振り返れば悔いはありません。私は本当にラッキーな人間で、たくさんの人に支えられました」と話しました。最後に、学生へのメッセージとしてこう語ります。「“この人いやだな”と思う人がいても、その人のために生きてるわけじゃない。自分のために時間を使ってください」「他人と比べることもあるけど、自分の目標に集中して進んでいってほしい。迷ったら相談して、行き詰まったら一度リセットして、そこからまた立ち上がればいいんです」 そして、こう締めくくりました。 「うまくいかなかった経験も、後々生きてくることがある。どんどんチャレンジして、自分の糧にしていってください。私も、これからもチャレンジを続けます」 質疑応答 対談の後に、学生からの質疑応答の時間が設けられました。 「リフレッシュ方法は?」という質問には「今はウィンドウショッピングやツーリング、ドライブなど体を動かすことをしています。現役時代はなかなか時間がなかったので、温泉に行ったりマッサージを受けたりしていました」と回答。「試合前に大切にしていたこととは?」という質問には「メンタル面でいうと『どうしようか迷わない。やるべきことをやる。』ということです。スタートラインに立つときにはもう結果は決まっている。そこで悪い癖が出るのであれば、出さないようにする。マイナスな考えは、うまくいくはずのことがうまくいかなくなってしまう原因になる。」と話し、「もちろん、練習不足だったなとか、結果がうまくいかなかったなと思うときもあります。でも、その原因を自分が理解していれば対処することができる。だめだったら次の方法に行こうと思える」と、勝負の瞬間に迷わないよう、事前準備で淡々と前に進み続ける行動方針を話しました。「応援される人はどのような人だと思いますか?」という質問には「一生懸命頑張っている人。好きなものに一心不乱に打ち込んでいる人は、応援したくなります」といい、「笑顔も大事。無理して笑う必要はないけど、素直な気持ちを出すことは大切」と続けました。その後、授業時間いっぱいまで質疑応答が続き、学生にとっても、学びの多い時間となりました。 担当教員からのメッセージ 国際理解とキャリア形成の授業においては、2018年からご支援をいただいているスポーツニッポン新聞社様、今年のテーマを冬季五輪に置いていただいたこともあり、今年のスペシャルゲストはスピードスケート日本人女子短距離で初のメダリストになられた岡崎朋美選手にお越しいただきました。勿論、アスリートとしてはレジェンドである岡崎さんですが、その厳しい競技生活からは想像がつかないほど、優しいお人柄を感じながらの、藤山記者との対談が続きました。今なお、スピードスケートの世界で活躍を続ける岡崎さんから、そのポジティブ思考と、諦めないことの大切さなど、本当に多くのことを学ばせていただきました。岡崎朋美様と藤山健二様に、この場を借りて心から感謝申し上げたいと思います。
子ども服プロジェクト参加学生にインタビューしました!
株式会社F・O・インターナショナル(以下FOインターナショナル)との連携プロジェクトは、「実践女子大学こども服プロジェクト」と題し、課外活動として2024年5月にスタートしました。FOインターナショナルは、全国に子ども服ブランドを展開する企業で、『après les cours』や『BREEZE』などで知られています。 本プロジェクトは生活文化学科と生活環境学科(現:環境デザイン学科)の学生を対象に募集されました。生活文化学科には幼児保育専攻があり、子どもに関する学びを深めている学科です。一方、生活環境学科ではアパレルに関する授業が多く開講されています。プロジェクトにはこの2学科から、有志の学生たちがプロジェクトに参加しました。課外活動は授業とは異なり、単位は与えられません。学生たちは授業やバイトの忙しい合間をぬって、1年という長期間にわたり課題に取り組み続けてきました。卒業や個人の事情に伴う構成メンバーの入れ替わりを経て、最終的にメンバーは4人となりました。 このプロジェクトの目的は、2026年初夏コレクションのこども服を制作することでした。「あったら良いなを叶える服作り」を目標に、企画立案から提案までを行いました。プロジェクトは【保育園でニーズ調査のアンケート】を行うところから始まり、子どもに直接ほしい服をヒアリングする【子ども会議】も実施。その後、調査を集計し分析結果から導かれるニーズを明らかにした後、調査から得たニーズをもとにアイディアを出し、まとめて【子ども服のデザインの提案】をしました。 インタビューにこたえてくれたのは、プロジェクト最終メンバーである4人の学生です。 ーお集まりいただきありがとうございます!参加のきっかけと、活動の中で担当されたことや特に力を入れた点について教えてください。 若月さん「ゼミの先生から紹介されたことがきっかけです。社会人と同じ立場で商品開発ができるということに魅力を感じて参加しました。注力したところはニーズ調査です。プロジェクトに参加していた先輩に細かいところを教えてもらいながら質問項目を作成し、返ってきた結果を並べて分析しました」 藤田さん「プロジェクト告知のメールを見て応募しました。服飾に強く関心があり、何かプロジェクトに参加できたらなと探していたところにメールが届いたため、『やってみようかな』と思ったことが参加のきっかけです。注力したところは服のデザインです。着まわしやすさを重視した襟付きの服を提案しました。学科の学びの中でも、服のデザインは取り組んできたので、アイディア出しなどを積極的に行いました」 菊田さん「私も、藤田さんと同じくメールがきっかけで参加しました。2年生になったタイミングで新しいことに挑戦したいと思っていて、プロジェクトに参加することで自分の力がつくかなと思いました。担当した部分は服のデザインです。プロジェクトが進むにつれて変更点がたくさん出てきてけっこう大変だった部分もありましたが、子どもが好むデザインという点は常に意識していました。子ども会議や身近な保護者の方などにもお話を聞き、アイディアをもらってデザインしていました」 草分さん「参加のきっかけは、大学からの参加募集のメールを見たことです。最初は応募するか迷っていたのですが、締め切りの数日前に菊田さんもこの活動が気になっているという話を聞いて、知り合いがいるなら私も参加してみようと思い応募しました。活動の中では、アパレルを学んでいる学科として、デザインや素材のアイデアを出す役割をしていました。当時の四年生の方が卒業してからは、少しずつですが全体をまとめる役割をすることも増えていきました。たまにしか集まれない中で多くのことを進めていかないといけなかったので、他の学生の皆さんや、FOインターナショナルの浅井さんへの進捗状況の報告などをこまめに行うことを意識していました」 ー活動の中で一番印象的だったこと、大変だったこととそれをどのように乗り越えたか教えてください。 若月さん「プロジェクト全体の印象で、商品化してきちんと売り出すということで、求められるレベルやクオリティがとても高かったです。何回もミーティングを重ね、リテイクややりとりをたくさんしたことが大変でした。だからこそ、OKをいただいたときの嬉しさがすごく心に残っています。また、服に関する前提知識が何もない状態で参加したので、そこも大変でした。ネットで調べたりお店に足を運んだり、どんなものが売られているかとにかく知る行動を起こしたこと、FOインターナショナルの担当者である浅井さんに相談してアドバイスをもらうことで、なんとか乗り越えることができたと思いました」 藤田さん「アイディア出して提出して、そのフィードバックがきて、フィードバックをもとにまたアイディア出して提出して……。この繰り返しが一番大変だったなと思います。また、今回三人(若月さん藤田さん菊田さん)で一つのデザインを提出することになったのですが、作業分担もかなり大変でした。主なやり取りが対面ではなくメッセージアプリだったため、スケジュール調整や進捗の共有が難しかったです。日にちや作業内容などを細かく聞いたり個別に連絡を取ったりと、密にコミュニケーションを取ることを心がけたところ、最後は分担も作業もスムーズに行うことができ、成長を感じることができました。印象に残っていることは、プロジェクトの一番初めに展示会の見学に行ったことです。現場の、本物の企業さんが動いている様子を生で感じることができてすごくおもしろかったです」 菊田さん「大変だった点は、いただいたフィードバックをアイディアに反映させることです。もらった内容を踏まえて考え直すことが難しかったのですが、グループで一つの案を出すことも微妙な意思疎通のズレがあったりしてうまくまとまらないときもあり、大変でした。しかし、プロジェクトの後半ではだんだんコツをつかんでまとまっていき、それはやっぱりうれしかったです。デザインを行う上で不安だったこととして、デザイン面でも子ども服という面でも知識が不足していたことがありました。しかし市場調査をネットや店頭で行い、いろんな洋服を見ること、どんな服だったかをたくさん見てデザインを考えました」 草分さん「課外活動ということで、授業と比較して強制力のない中、自主的に動くことが大変でした。学科や学年もバラバラなメンバーが、どのくらいの頻度でどこに集まるかなど、すべて自分で決めなくてはいけない活動であることに気づくまでに時間がかかってしまったなと振り返って思います。また、連絡手段がメッセージアプリに限定されていたことも大変でした。どうやったらスムーズに活動できるかとか、連絡が途切れないようにと考えながら行動していました。時には催促のような連絡もしてしまったと思うのですが、しつこいくらい連絡を取り合えたほうがいいと考えて活動していました」 ー活動に参加してよかったこと、活動を通して自分が成長したと思うところについて聞かせてください。 若月さん「社会人の皆さんが業務で実際に行っていることに、学生として参加させていただけたことが良かったです。今後社会に出ていくときに、絶対自分のためになるような経験ができたと思っています。また、この活動に参加しなかったら絶対に出会えなかった学生のみなさんに会えて、いろいろ話すことができたこともすごくよかったです。成長した点は、やはり計画性が身についたことだと思います。先のことを考えて、行動順序をたてて進めていくということは、やっていくなかで前よりも進歩を感じています」 藤田さん「子供服を創っている企業さんのプロセスを間近で見ることができたことがすごく貴重な経験だったなと思っています。全体の流れは知識としてありましたが、授業のような書いて学んでのルールだけの状態とは全く違う、現場の進め方を見ることができ、すごく実りのある経験だなと思いました。また、このプロジェクトに参加しないと出会えなかった皆さんに会えたこともよかったです。とくに、先輩方のプレゼン資料の作り方や人にものを伝える方法など、お手本として見習って学んでいくことができる人たちがそばにいたことで自分の成長にもつながったし、自分も先輩たちのように成長したいなと感じることができました」 菊田さん「参加してよかったことは、学生の間に企業さんと一緒に商品化の流れを経験できたことです。授業でも商品化の流れは学んではいたものの、実際にやってみると知らないことがすごく多くあり、大変ではあったけどやっぱり学びになったなと思いました。また、他学科他学年の普段かかわりがない学生さんと出会ったこともよかったです。それぞれに自分にはないものを持っている人たちばかりだったので、すごく刺激を受けて自分もがんばろうとおもい、プロジェクトを途中でやめることなく最後まで参加できたと思っています。成長できたところは、先を考えて行動する計画性が身についたところです。また、商品化について、服をデザインするときにニーズと目的をしっかり考える重要さを学びました」 草分さん「参加してよかった点は、やはり授業では学べないようなことを経験できたことだと思います。プロジェクトが進んでいく中、ニーズや売り出し方など実際に商品開発を行っている人が考えていることを聞くことができ、そんな機会は授業ではまずないので、すごく勉強になりました。実際に作業を一緒に進めていく今回のプロジェクトに参加しないと聞けなかったことだったので、貴重だと思いながら活動していました。成長できたことは、社会連携だからこそできた社会人の方との関わり方とチームワークの二つかなと思います。さっきも話したように、学生だけど社会人の方とやり取りの中で感じた緊張感や、意識を一段階あげて取り組む必要性など、早めのインターンの気持ちを味わうことができました。社会人として行うやりとりを、みんながいるから一人じゃない気持ちで、相談や話し合いをしながら行えたことはすごく成長につながったなと感じました」 ー学科の勉強で得た知識のうち、今回のプロジェクトに活きたなと思ったことがあれば教えてください。 若月さん「ニーズ調査の分析方法について、学んできたことが活きたなと思いました。自分で課題を立てて分析方法を選択し、実験・考察を行うといった流れをいろんな授業で経験してきたため、その部分を生かすことができたと思います。また、もともと数字が苦手だったのですが、授業を受けたことで情報が見やすくなったと実感した部分もありました」 草分さん「素材に対する知識が活きたなと思いました。もちろん丁寧に説明していただいたのですが、授業を受けていないと具体的に理解できない箇所もあったので、特につながっていたなと感じました」 ー社会人である連携企業の方(担当者の浅井様)とやりとりする機会が多かったと思います。関わりながらプロジェクトを進めてみてどのように感じましたか? 若月さん「いい意味で学生相手に妥協しない対応をしてくださいました。この程度でいいよというラインをつくらず、同じ目線に立ってアドバイスをくれました。ただ高いハードルをだしてそのままというわけではなく、超えるためにはこうしたらいいよ、こういうのもあるよ、と解決策を細かく教えてくださって。大変な部分もあったのですが、その分やりがいを感じましたし、ありがたかったです」 藤田さん「ここが悩んでいますと言ったら改善策の提案や根拠となる情報のURLまで送ってくれて、本当に学生に寄り添って向き合っていただいたなという印象があります」 菊田さん「まとまりきらなくなったときに相談したところ、わざわざ専用のグループをつくってやりとりをしてくださりました。途中経過を聞いてくれたり、参考資料や画像も送ってくださって、本当に寄り添ってくれたなと思います」 草分さん「学生に委ねられる部分が思っていたよりも多かったです。もともとの形が決まっているものではなく、自由にやってくださいというスタンスでした。その自由度に最初はびっくりして、思っていたよりも学生が主導で動かなくてはいけないということがあったので、結構戸惑いました。しかし、担当者の浅井さんが連絡のやりとりなどをとても学生に寄り添って行ってくれて、こちらからも連絡や相談がしやすかったです。浅井さんが他の業務をしながらこちらのプロジェクトも見てくださっていることを知っていたので、その気持ちにこたえなきゃという気持ちがどんどん大きくなっていきました。やり取りの中でハラハラする場面もあったのですが、学生にもわかるように説明してくださるし、実践の先輩ということもあって話しやすかったなという印象がありました」 ー最後に、企業の方と関わるプロジェクトということで、参加前に想定していたことと参加してみた実際の印象で一番ギャップがあったこと、気づきなどがあれば教えてください。 若月さん「今回のプロジェクトで扱う内容と学科の専攻がまったく違う分野だったので、ある意味関わること全部がギャップの連続のような印象でした。細かい部分にまでこだわってつくっていく過程に触れることができ、試行錯誤や検討を間近で見ることができた点で、すごい経験だったなと思います」 藤田さん「作業工程の複雑さに一番驚きました。とくに生地の素材を選ぶ際、市場調査としていろんなお店一店一店見て回って検討を重ねたところが大変で、いい意味ですごくちゃんとしているプロジェクトなんだと実感しました。社会人や会社ってこんなかんじなんだと肌で感じることができて、ちょっと怖いところもありつつ、自分ももっと頑張らないといけないなという心構えができたと思います」 菊田さん「想像以上に学生主体のプロジェクトでした。参加したときは結構軽い気持ちで参加しちゃったなと思うところがあって。藤田さんが話していたように、素材選びの市場調査など本当に細かい部分まで学生にゆだねられていて、自分たちで考えてやらなきゃいけないっていうのは参加してから驚いたところです」 草分さん「もっと一部分のお手伝いだと思っていました。全体にわたって学生が主体となって動くということが一番ギャップだったところです。また、学生がお客さんのような立場でなくて、仕事のように、対等に扱ってくださったところに参加の意味があったなというか、やりがいってこんなに大きいんだっていうことに気づきました」 ーありがとうございました! 最後に 今年3月に本学の生活文化学科幼児保育専攻を卒業した梅内琴音さんから、本記事を制作するにあたりメッセージをいただきました。梅内さんは、同じくプロジェクトに参加していた内田美輝さんと共に卒業を迎えるまでプロジェクトで活動されていました。 「私はニーズ調査とデータ分析を行いました。保育園では保育園で着る服に関する保護者と保育者対象のアンケート調査をし、児童館では子ども目線での子ども服に関する「子ども会議」を行いました。初めての調査分析だったため、質問内容から分析の仕方などわからないことが多かったのですが、先生方や他専攻の学生に力をお借りしながら進めることができました。データの分析、まとめ方によって様々なニーズが見えてくることを知り、楽しく活動することができました。」 そのほか、詳しい活動内容は現在制作中のリーフレットにて紹介する予定です。 企業担当者様よりメッセージ 私は実践女子大学 生活環境学科を卒業後、同学科で4年間助手として勤務し、現在はFOインターナショナルにて企画MDとして働いています。企業で働く中で、学生時代に学んできた内容と現場との間にギャップを感じたこと、そして大学と連携することで、より良いモノづくりができるのではないかという2つの想いから、本プロジェクトを立ち上げました。企画MDの仕事では、さまざまな声に耳を傾け、少しでも多くのニーズに応えるように日々努めています。今回は、より正確なニーズの把握を目的に、データ収集からご協力いただきました。こうした形でデータを収集するのは私にとって初めての取り組みでしたが、非常に参考になる情報を得ることができました。当初の予定より長期にわたる活動となり、学科や学年が異なる学生同士でのプロジェクト運営は、決して容易ではなかったと思います。学生の皆さんの想いや自由な発想を大切にしながらも、「売れるもの」をつくるという現実とのバランスを取るため、何度もミーティングを重ねていきました。有志による活動にもかかわらず、学業や他の予定と両立させながら、真摯に取り組んでくださった皆さんに心から感謝しています。今回の活動が少しでも皆さんの経験や成長につながり、学びとなっていれば良いなと思います。今後の皆様のさらなるご活躍を、心より楽しみにしております。 担当教員よりメッセージ 依頼をいただいた当初は、専門外であるためお引き受けできるのか迷いも多かったのですが、「保護者、子どもたちのニーズを踏まえた子ども服開発」というコンセプトに応えるため、日野市内の保育現場に調査依頼を行うなど、学生たちの自主的な活動の下支えに徹しました。 初対面のメンバーもいる中、店舗に足を運んだり、相談してプレゼン資料を作成したりしながら、よりよい仕上がりを目指す学生たちの姿には感心するばかりでした。 近い将来、考案したデザインが商品化される日が待ち遠しいてす。
「やさしい日本語」を使って伝えよう。「日本語教育入門b」の授業で東日本旅客鉄道株式会社の特別講義が行われました。
5月27日に「日本語教育入門b」(担当:国際学部国際学科 大塚みさ教授)で、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)との特別コラボ授業が行われました。外国人にも分かってもらえる「やさしい日本語」について、楽しいトークで盛り上げながら実践的に教えてくださいました。 多くのひとが利用するJR東日本 最初に登壇されたのは平山秀人氏。2021年にJR東日本に入社されました。次に挨拶された伊藤暉氏は2015年入社です。お二人とも、電車の車内放送やドアの開閉などを主に担当する車掌です。JR東日本は、北は青森県から南は静岡県までの広い範囲の路線を担う、まさに日本の大動脈です。昨今は、電車の輸送業務のほかIT部門、生活サービスの仕事も行っており、「街づくりや介護の仕事を行う部門もあるんですよ。」と平山氏が明るく説明されました。お二人が所属している我孫子乗務ユニットは、常磐快速線の品川駅から茨城県の取手駅までなどが乗務範囲です。「都会の高層ビルから、だんだんと田園風景が広がり癒されています。」と冗談交じりで話されました。 「まずはアイスブレイクをしましょう。」と伊藤氏が取り出したのはカードゲーム。学生たちは班に分かれ、先生方も参加してのゲームが始まりました。出されたテーマに沿って、配られたカードの数字を表現するものを考えます。上手くいって喜んだり、外れて笑ったりと学生たちも楽しそうに参加していました。ひとしきり盛り上がったところで、伊藤氏が「皆さん、どうでしたか。」と語り掛けました。「同じ日本人でも世代や性別などによって感覚は違います。文化や言語が違う在留外国人のお客さまや海外からのお客さまに情報を伝えるのはさらに難しい。」と話し、今回のテーマである「やさしい日本語」について考える講義が始まりました。 どう言ったら伝わる? ここからは、実際に電車で使われるアナウンスを使ってのグループワークです。最初に出たお題は「列車非常停止ボタンが押されているため安全確認をしております。運転再開までお待ちください。これを皆さんでやさしい日本語の放送文に変えてみましょう。」と平山氏。学生たちは「それいいね。」など相談しつつ文を作り上げました。例えば「電車を止めるためのボタンが押されました。安全か見ています。動くまでお待ちください。」という案です。平山氏は「すごく分かりやすくて、良いですね。」と感心した様子で拍手を送りました。 我孫子乗務ユニットでは、「SOSボタンが鳴っているため、チェックしています。電車が動くまで待ってください。」と伝えているとのこと。「SOS」や「チェック」などのカタカナ言葉を使うことで伝わりやすくなると話します。ただ、「やさしい日本語には正解がありません。」と平山氏。「皆さんが考えた文の方が伝わりやすいということもあると思います。大事なのは相手が本当に理解しているかです。相手を思いやり、どうしたら伝わるか考えることが大切です。」と語り、「私たちも大変勉強になりました。皆さんの案も今後取り入れていきます。」と話されました。 やさしい日本語を必要としている人はいる! 伊藤氏は我孫子ユニットの所属になる前は、秋葉原駅の改札で勤務していました。観光地として名高い土地柄のため、海外からのお客さまも多かったと言います。特にアジアからの観光客は、英語も通じないことが多く苦労したそうです。そんなとき、テレビでやさしい日本語を使ったニュース番組を偶然発見し「これは使えるのではと思った。」と話しました。我孫子常務ユニットに異動になってから早速、上司などに提案してみるも「前例がない。」と難色を示されてしまいます。 「しかし、やさしい日本語を必要としている人がいるという確信がありました。」と伊藤氏。社員たちで研修をし、車内放送にやさしい日本語を取り入れ、お客さまへポスターや車内アナウンスでお知らせし、理解を求めたところ、SNSなどで好意的に拡散され知れ渡ったと言います。「実際に伝わるのか、さまざまな国から来ている留学生たちに協力してもらい意見交換を行い、毎月車掌たちで研修をしています」と話しました。 鉄道マナーを伝えるには? 次に登壇したのは、JR東日本サービスクリエーションの山田晃子氏。普通列車グリーン車のアテンダントです。グリーン車では車内販売や乗り換え案内、チケットの確認など直接乗客と話す場面が多々あります。「グリーン車には海外からのお客さまも多く、国籍や年齢もさまざまです。」と山田氏。「今までは細かく決まった応対マニュアルに沿って対応していましたが、やさしい日本語を柔軟に使うことが増えています。」と話します。やさしい日本語のガイドラインも作成し、JR東日本グループ全体として活動が広がっていると語って下さいました。 最後に平山氏が再度登壇。次回への課題を発表されました。課題は「鉄道マナーを海外からのお客さまや在留外国人にどのように伝えるか?」。ポスター案と、車内放送文を考えるというものです。平山氏は「駅を利用するとき、電車に乗るとき、さまざまなマナーがあります。その中からいくつか選び、やさしい日本語を用いてどのように伝えるか考えて下さい。皆さんの発表を楽しみにしています。」と期待を寄せました。 学生たちはグループワークを行い、1ヶ月後にプレゼンテーションに臨みます。 担当教員からのメッセージ 我孫子乗務ユニットの方々のユニークな自己紹介、そして大いに盛り上がったアイスブレイクのおかげで、学生たちの表情も緩み、テンポよく授業が進められました。いつも以上に活性化したグループワークでは、学生の視点から多様な意見が出されました。東京グリーンアテンダントセンターの方からのグリーン車での取り組みのお話しには、大きくうなずきながらメモを取る学生の姿が見られました。受講生からは、「日本人も外国人もみんなが安心して電車を利用するためには、誰もが理解できるように情報発信することが大切だとわかった」「在留外国人の方や外国人観光客の方が増加している今、もっとこの取り組みが広がることで、誰もが平等に情報を得られるようになることが望ましい」といった感想が届きました。次回の発表会に向けて、各グループが協働してアイディアを練っています。貴重な学びの場を与えてくださったみなさまに、心から感謝申し上げます。
自分らしく生きるヒントとは?「国際理解とキャリア形成」でフィジーの文化を学ぶ特別授業が行われました。
「国際理解とキャリア形成」(担当:文学部国文学科 深澤晶久教授)の授業で、6月3日に株式会社アールイーカンパニーとの特別コラボ講義が行われました。「フィジー留学カラーズ」の運営を手掛ける皆さんが南の島を舞台にしたディズニー映画をベースに、南太平洋の文化を解説。和気あいあいとしたムードのなか、異文化を知る機会となりました。 学生のうちに海外に行ってみよう 教室にはアールイーカンパニーの多田祐樹氏が登壇し、ビデオ通話もつないで授業が始まりました。植林氏は大阪から、長瀬氏はフィジーからの参加です。「私だけが話していてもつまらないので、皆さんにも参加してもらいながら話していきたいと思います」と多田氏。リアルタイムの掲示版を使って、学生たちも随時感想を伝えながら進めていきます。 多田氏は貿易業を経て、2018年よりフィジー共和国にて、主に日本人を対象とした英語学校「カラーズ」を創業。現地で日本語学校も開講し、フィジーの人が日本で働ける機会を増やすプロジェクトも行っています。多田氏はまず画面に「17%」という数字を示し「なんの数字でしょうか?」と問いかけました。これは日本人のパスポート保有率です。ただし、18~22歳の大学生の年齢に限ると40%と高い数字です。多田氏は「しかし、65歳までの労働人口で見る割合だと20%強と減ってしまう」と話し、学生のうちに海外含めさまざまなところに行ってほしいと伝えました。 フィジーの歴史や文化とは? 学生たちは事前準備として、ディズニーアニメーション映画「モアナと伝説の海」を視聴してきています。この映画の主人公モアナが南の島から船に乗り冒険をするという物語。この映画をベースに「南太平洋に息づく文化と”自分らしく生きる”ヒント」と題しての講義が始まりました。多田氏はまず南太平洋の島々にすむ民族の歴史から説明。約6000年前、オーストロネシア語族が大陸から海を渡ります。優れた航海術で広大な領域に分布し、南太平洋の島々であるフィジーやサモア、トンガなどにも到達しました。 次に植林氏が3人の男性の写真を見せました。南太平洋には3種の族があり、外見も違います。それがポリネシアン、メラネシアン、ミクロネシアンの3つ。ポリネシアンはアジア人の肌色に近かったり、メラネシアンは髪の毛がアフロのようにきついカールがかかっていたり。フィジーはメラネシアンとポリネシアンが混在する島です。ラグビーが強いことで有名ですが、それは遠い昔、厳しい航海を生き抜いた、強い体を持った先祖の血を受け継いでいるからとも言われています。 多田氏は「KAVA(カヴァ)」という伝統的な飲み物を紹介。儀式や祝い事に欠かせない飲み物です。現在は観光客も飲むことが出来るものですが「私は大好きです」と多田氏。「カヴァは歓迎してくれている証。海外の人に自分の国の文化を受け入れてもらうのは嬉しいですよね。私は現地で出されたものは全部食べるのがポリシー。皆さんもフィジーに行くことがあったら是非試してみてください」と語りました。 やりたいことを宣言しよう! 続いて長瀬氏が、映画のストーリーにベースに「主人公たちはどんな失敗や不安を抱えていたか考えてみましょう」と語り掛けました。「皆さんも過去の失敗や不安を振り返ってみましょう。うまくいかなかったこと、恥ずかしかったことなど小さいことでもいいので教えてください」と長瀬氏が言うと、学生たちは掲示板に次々と書き込み始めます。「受験のときもっと勉強を頑張ればよかった」「留学が不安」などの意見が書き込まれました。 意見が集まったところで、長瀬氏は映画のある台詞を紹介。それは「先のことは分からない。でもどんな自分になるかは決められる」というもの。長瀬氏は「みなさんも、これからどんなことがやりたいか、どんな自分になりたいか、宣言してみましょう」と促します。学生たちはグループで話し合いながら宣言を書き込みました。「フィリピンで短期留学をしたので今度は長期で行ってみたい」「去年留学をしなかったけれど今年こそ行く」など、たくさんの決意が集まりました。 衝動に従って人生が開かれる 最後に、多田氏から「偶発性と衝動性が人生を切り開く」という話がありました。アールイーカンパニーも最初からやろうと思っていたわけではなく、たまたまだといいます。「しかしたまたまのことを努力すると意味のあることに変わってくる」と話します。「好きなことで生きていくことはすごく素晴らしい。しかしとても大変。好きなことをすることと、好き勝手することは違います。一人ではできません」と話し、「今やりたいことがなくとも大丈夫です。好きなことを一生懸命にやって行ってください」と話しました。長瀬氏も「私も海外に行くことなんてないと思っていましたが、いまフィジーに住んで仕事している。次々にチャレンジしていくことで人生が開いていきます」と語られました。 学生たちは遠い島の異文化を知ると同時に、自身の人生を考える貴重な機会となりました。 担当教員からのメッセージ 国際理解とキャリア形成の授業のゲストとして、今年度初めてお迎えしたのが、カラーズ様です。そして、ディズニー映画の「モアナと海の伝説」と結び付けて学ぼうという、全く新しい試みでした。当日は、多田様、長瀬様、植林様のお三方が、教室と大阪、そして実際にフィジーからオンラインで参加して下さいました。メラネシアンおよびポリネシアン文化の歴史や、映画に登場するシーンのことなど、フィジーという国の魅力を沢山伝えていただきました。近い将来、フィジーへの留学に出かけてくれる学生さんも生まれることと思います。とても楽しいプログラムを構築いただきました多田様、長瀬様、植林様に心から感謝申し上げます。
就活に役立つ留学!「国際理解とキャリア形成」の授業でアンジェラス留学の中根なゆた氏の講演が行われました。
6月16日(火)、国際理解とキャリア形成(担当:文学部国文学科深澤晶久教授)にて、アンジェラス留学の中根なゆたさんを講師に迎え、「就職に役立つ留学」をテーマとした講演が行われました。アンジェラス留学が取り扱っている留学の行先やプログラム内容などの紹介のほか、実際に留学へ行った学生の体験談発表や留学先現地との生中継インタビューなど、留学のリアルに触れられる講演でした。 留学について知ろう 中根さんはまず、「そもそも留学とは?」という基本的な問いから話をスタート。留学に対してよく聞かれる「怖い・高い・難しそう」といった不安について言及し、「この時間で留学について知らないことを知っていただいて、留学を少しでも身近に感じてもらう。そして、留学に行ったことで得られるインセンティブを知っていただく。その中に就職活動に役立つものがあるはず」と話しました。 「留学と旅行、一週間の滞在を想定した場合、実は値段がそんなに変わりません。留学は『現地で学校に行くこと、生活の体験をすること』。留学をすることで良いことはいっぱいあるけれど、その中の一つに『不自由な体験をすること』があると思います」と話しました。 自身の経験も踏まえ、「大学在学中にフランスに留学し、生活文化の違いによる不自由さを経験したことで、自分の価値観が決まり、就職活動の軸となりました。視野も気持ちの持ちようも広がりました」さらに、「大学入学時、資生堂入社時、そして入社後のフランス出張など、人生の節目で留学経験に助けられてきました」と、留学の価値を具体的に伝えました。 留学経験者のお話 続いて、実際にカナダで1年間の留学を経験した、現代生活学科4年生の村上遥香さんが体験談を発表しました。村上さんが参加したのは、語学学習と専門プログラム、そして現地での就労が一体となった「Co-op留学」です。「最初の三か月間で英語を勉強し、その後はカスタマーサービスに関する専門プログラムを英語で受講しました。授業ではカナダの就職活動についても学びました」と説明。プログラム終了後は一カ月のバケーションを経て、空港の免税店での就労を経験したと話しました。 さらに村上さんは、現地で参加した「キャリアフォーラム」という就職イベントにも言及。海外経験者を対象としたこのイベントでは、短期間で企業の選考が進む仕組みになっており、日本国内外の企業が参加しているといいます。「日本にいながら海外と日本をつなぐ仕事をしたい」という思いから、村上さんは主に日本支部の採用にエントリーしたそうです。 体験談の中盤には、免税店での就労経験をもとに、文化の違いに関するクイズも出題されました。「カナダと聞くと移民が多い国という印象があると思います。実際にそうで、免税店で働いているときには、国内の方以外にも海外の旅行客の方も多く接客し、国籍や文化の違いによってお客様の振る舞いや求めているものが全く違うことを肌で感じました」と話し、「皆さんが想像できる範囲で構わないので、どのような違いが具体的にあるでしょうか」と学生に問いかけました。 グループワークののち、学生からは「ドラマで見たヨーロッパのショッピングの場面では、お客さんとたくさん会話しながら商品を選んでいた。コミュニケーションが大事なのでは」「国によってチップ文化の有無もあるのでは」という回答がありました。 村上さんは「まさにその通り」とうなずき、「中国のお客様は価格を気にされる方が多く、韓国籍やフィリピン籍の方は日本人と似ていて、優柔不断な方が多い印象。だからこそ、的確な情報を提供することを意識していた」と説明。「メキシコ国籍のお客様とは、商品に関係ない雑談が多かったりと、接客スタイルも工夫が必要でした」と、国ごとの違いを生かした対応を語りました。 最後に、現地での接客を英語で再現するデモンストレーションも披露。自然な英語表現と立ち居振る舞いに、留学で得た実力が垣間見えました。 留学先現地と生中継! 講演の後半では、海外インターンシップ型の留学プログラムも紹介され、現地とオンラインで中継をつないだ“リアルな声”が届けられました。「大人の職業体験」と銘打って紹介された留学プランは、ホテルで働きながら実践的な英語を学ぶというもの。実施地はフィリピンのセブ島にある、語学学校が敷地内に併設されたリゾート地の三ツ星ホテルです。四週間の滞在期間中、ホテルでホスピタリティを学びながら、英語を習得していきます。現地ホテルの従業員と語学学校の先生から手厚いサポートを受けながら、滞在期間で合計四種類の業務を経験できるプログラムです。 現地スタッフの鈴木さんとズームでつながり、インタビューが始まりました。インタビューに答えてくれた方は、実際にプログラムに参加しているありささん。渋谷からセブ島へ、質疑応答が始まります。 「実際に参加してみてどうでしたか?英語の生活に慣れるのに、どのくらいの時間がかかりましたか?」という質問に「インターン以外にも、英語のクラスが充実していて面接の練習やプレゼンの勉強をしています。英語は難しいけど、実践的な英語を学べると思います。現地の生活には一週間ほどで慣れました。語学学校なので、日本人の方も多く思っていたよりも簡単に友達ができました。最初はびっくりすることが多いけど、一週間くらいで慣れて楽しくなってくると思います」とコメント。学生からも質問を投げかけました。「日本国内のホテルでもインターンができたと思いますが、フィリピンのセブ島を選んだ理由は何ですか?」との問いに、ありささんは「英語でインターンができることが一番の理由です。スタッフの人や先生と会話するときにすべて英語なので、英語を実践できる環境がいいなとおもいました」と回答しました。インタビューの最後には、現地の語学学校の先生も画面に登場。実際の環境や経験できる内容を直接知ることができる貴重な機会となりました。 今回の講演を通じて、学生たちは留学が語学力の習得だけではなく、自分の経験を広げることによってキャリアへの意識につながるという、新たな視点を得ることができたようです。将来を見据え、自分にとって意味のある留学とは何かを考えるきっかけとなる、貴重な機会となりました。 担当教員からのメッセージ 私が株式会社資生堂の人事部で採用の責任者であった時に、中根さんと出会いました。その後、中根さんが父上の会社に転職された後は、毎年ゲストとしてお越しいただき、留学を中心にキャリア形成のお話しをしていただいています。親身に相談に乗っていただくことがきっかけで、中根さんにお世話になって海外留学に出かけた学生は、約60人を数えます。長いご縁に本当に感謝です。この国際理解とキャリア形成の授業には、特に留学や海外での業務に夢を持つ学生も多く、中根さんのお話しには、とても関心深く授業に参加してくれています。今年もセブ島とオンラインで結んでいただいたり、中根さんにお世話になって留学に行かれた現4年生の村上さんの体験談まで、盛りだくさんの内容となりました。様々な準備をして下さった中根さんに心から感謝申し上げます。
2025年度「実践プロジェクトa」にてサントリーホールディングス株式会社から課題の発表がありました。
6月13日(金)に実践プロジェクトa(担当:文学部国文学科深澤晶久教授)にて、サントリーホールディングス株式会社(以下サントリー)から髙橋誠二郎氏を招き、課題の共有が行われました。実践プロジェクトaでは全14回の授業を前半・後半に7回ずつ分け、それぞれの期間で異なる企業を迎え、企業から提示される課題に対し学生がグループワークを重ねて企画を立案・発表し、それを企業が評価するという、PBL(Project Based Learning)形式のコラボ授業を展開しています。サントリーは後半の連携企業として参加しています。前半で得た経験を生かし、前半の経験を生かし、最終プレゼンテーションに向けて、準備を進めていきます。 今回講話していただいた方は、人財戦略本部の髙橋誠二郎氏です。サントリーに関する三択クイズが3問出題されたあと、課題の発表が行われました。 課題発表! 今回の課題は「サントリー社員として、サントリーの新人研修を考案すること」。具体的な課題として「会社を取り巻く環境を踏まえ、企業人・社会人に求められているものは何か、結論を発表してください」「それをふまえ、これからサントリーに入社してくる社員に対する具体的な研修計画を提案してください」の2点が提示されました。続けて、課題を考えていくステップとして「ニーズの把握」「ニーズの背景を探り本質的な課題を考察する」「具体的な研修計画を提案する」という流れが示されました。 会社を知ろう サントリーは、総合食品メーカーとして、清涼飲料水や酒類をはじめ、サプリメントなどの健康食品、外食、化粧品など、多岐にわたる事業を展開しています。取り上げられた商品名や店舗名は、学生にとってもなじみ深く、企業の認知度の高さがうかがえました。現在では売上の約半分を海外が占めており、世界に265社、約4万人の従業員を抱えるグローバル企業でもあります。 サントリーについて、髙橋氏は「挑戦し続ける企業」と紹介。これは創業者の想いが受け継がれているといい、話は社員が共有する価値観について移ります。とくに「やってみなはれ」と「利益三分主義」について詳しい説明がされました。 「やってみなはれ」とは、新しい価値の創造に挑戦することを意味し、創業者が日本で洋酒文化を築いたエピソードが紹介されました。さらに、競合他社がすでにビール事業に力を入れていた時期に新たに参入した経緯にも触れ、未知の市場への挑戦や、失敗を恐れない姿勢が大切にされていることが語られました。海外展開もまた、この精神のもとで行われているといいます。 「利益三分主義」は、事業で得た利益は自社の再投資にとどまらず、取引先や社会にも利益を還元していく、という考え方です。実際にサントリーは、コンサートホールや美術館、社会福祉法人の運営、水育という森林保護に関する学校教育やラベルレスデザインの推進などの環境活動など、さまざまな社会貢献活動を行っています。 最後に、髙橋氏はサントリーの人材育成方針についても紹介しました。サントリーの人財戦略本部では「人本主義」を重視しており、個人が「どうありたいか」を尊重し、その実現の場として会社があるという考えを持っています。短期的に人材の価値を判断せず、長期的な視点で人を育てること、そして「変化をチャンスに変え、チャンスを挑戦につなげられる人」が求められていることが語られました。 また、「成果を出して自分を磨いた人が、夢を追い、挑戦できる」制度が整っていることも紹介されました。実際に、社内公募制度を通じて、自ら手を挙げる形式の研修や海外チャレンジ、グローバルチャレンジといった多様な機会が提供されています。スライドには「目指す社員像」が示され、髙橋氏の講話は締めくくられました。 最後に 髙橋氏の講話の後、学生たちは早速グループワークに取りかかりました。斎藤氏からは「課題検討のステップから外れないように。行き詰まったときこそ、スライドに戻って立ち返ってください」とのアドバイスがありました。髙橋氏や斎藤氏に直接質問しながら、各グループで課題の方向性を細かく議論していく様子が見られました。 最終プレゼンテーションは7月11日に実施予定です。学生たちはまず、6月27日に予定されている中間発表に向けて、グループワークを進めていきます。 担当教員からのメッセージ 本授業について、サントリーホールディングス様にご支援いただくのは5回目となります。サントリーホールディングス様からのお題は、常に同じ内容をいただいています。「大学での学び方を学ぶ」という本講座の狙いを実現する大切なテーマだからです。言い換えれば、このお題を通して、今社会は、どのような人材を求めているのか、そしてサントリー様ではどのような人材を育成しようとしているのかを考えることになりますが、このことを議論することは、1年生にとっては、ここからの4年間何を学ぶべきかを考えることに繋がるのです。果敢に挑戦してくれることを期待しています。この場を借りて、サントリーホールディングス様の斎藤様、髙橋様に心から感謝申し上げます。 ※本講座は、一般社団法人フューチャー・スキルズプロジェクト研究会との連携となります。